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【書評】萩博物館特別学芸員・一坂太郎が読む『紅と白 高杉晋作伝』関厚夫著 妻と愛人の間で板挟みになった晋作は…

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萩博物館特別学芸員・一坂太郎が読む『紅と白 高杉晋作伝』関厚夫著 妻と愛人の間で板挟みになった晋作は…

書評更新
『紅と白 高杉晋作伝』関厚夫著 1/1枚

 幕末の長州藩で政治運動に奔走し、29歳で散った若者の生涯。吉田松陰との出会い、上海渡航、奇兵隊結成、藩内戦など、おなじみのエピソードが続く。あとは、史実と史実の間の溝を作者がどう埋めているかが、読みどころだろう。

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 盟友の久坂玄瑞が「禁門の変」で敗れ、自刃するさい、「国のゆくみちを誤ってしまった。なんということだ。われらは時勢という奔馬(ほんば)を御しているつもりで、逆に時勢にほんろうされていただけだった…万死に値するとはこのことだ!」と叫ぶのが、奢(おご)れる政権への警鐘のようでタイムリーだ。なにかと現代と重なって見えるのが、百数十年しか経(た)っていない幕末という時代の生々しい魅力なのだろう。

 慶応2(1866)年、晋作が妻と愛人の間で板挟みとなり、金銭にも窮して同志の木戸孝允に泣きついた人間くさい手紙があり、この作品にも引用されている。ところが、「…細君ご引越、ご愛妾とお金の事、さほどご痛心はご無用…」という、木戸の励ましの返信がつづくのを読み、思わずニンマリさせられた。

 晋作はもらった手紙を捨てるタイプだったから、実はこんな木戸の返信は残っていない。かつて失われたものを、なにげなく再現してみせたのは、史料の欠落を想像で埋める小説ならではの楽しさだろう。

 その点で少し残念だったのは元治元(1864)年12月、晋作と西郷隆盛が馬関で会ったか否かというところ。薩長両雄の邂逅(かいこう)は史実としてなかったとの説が有力だし、私も会っていないと思う。

 本作でも「現在では『会談はあった』とする方が劣勢である」と常識的に述べながらも、「会っていた」と考えた方が腑(ふ)に落ちやすい局面が以後いくつもあると、含みを持たす。ならば、この部分などはいっそ大胆に会談させ、作者の歴史観からひねり出される両雄の、心に響くような台詞(せりふ)を読んでみたかった。史料を読みこみ、かえって慎重な筆運びになり過ぎたのだろうか。(国書刊行会・2000円+税)