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【聞きたい。】日本人の公共心喪失…自分さえよければいいのか 宮澤佳廣さん 『靖国神社が消える日』

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日本人の公共心喪失…自分さえよければいいのか 宮澤佳廣さん 『靖国神社が消える日』

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 「多くの日本人にとって今、『靖国問題』は忘れられているように思う」。靖国神社で禰宜(ねぎ)、総務部長なども務めた著者はいう。

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 A級戦犯合祀(ごうし)などを含む外交問題で語られることは多いが、「日本、日本人にとっての靖国神社という存在は、ほとんど論じられない」からだ。そして、「このままいけば、靖国神社が消滅…靖国神社が靖国神社でなくなるのではないか」と危惧する。

 明治2年6月、戊辰戦争戦没者慰霊のため創建の東京招魂社を改称した靖国神社だが、国の管理下にあった戦前より戦後の宗教法人としての歴史のほうが長くなる日が近づいている。

 「国のために亡くなった人々を慰霊、顕彰するという公共的性格を持つ施設が一宗教法人の枠組みの中にあっていいのだろうか」

 靖国神社の名称や施設、祭祀(さいし)の伝統、合祀の決定など守るべき本質が、宗教法人ゆえのシステム、また世相、人々の心根を含め神社を取り巻く環境の変化などにより失われることもあるといい、その“予兆”を本書でも指摘する。

 そんな事態を回避するための大きなテーマが「国家護持」。昭和40年代の国家護持論議は当然、憲法の政教分離規定で否定されたが、「皆さんにもっと関心を持ってもらい、『国民の社(やしろ)』として存続すれば、時代にふさわしい国家護持のありようが議論、構築されていくのではないか」。

 「たとえば、国の丸抱えでなく、国が靖国神社の英霊祭祀に何らかの責任を負う仕組みなら、伝統を誤りなく後世に伝えるための制度的な保障になる」

 著者の危惧の根幹にあるのは「公共心(公共に尽くす精神)の喪失」だ。

 「靖国のご祭神がそうだったように、公共心、共同体意識涵養(かんよう)の場である靖国神社が消えることは、日本人の公共心が喪失され、自分さえよければいいという国への変容にもつながる。守りたいですね」

 いつになく、身が引き締まる夏-。(小学館・1300円+税)(三保谷浩輝)

                   

【プロフィル】宮澤佳廣

 みやざわ・よしひろ 昭和33年生まれ。神社本庁などを経て平成18年から今年6月まで靖国神社勤務。国学院大学兼任講師。

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