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【正論】外国の主導権争いの落とし子だった日本国憲法 今こそ改憲に向けた議論を 駒沢大学名誉教授・西修

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外国の主導権争いの落とし子だった日本国憲法 今こそ改憲に向けた議論を 駒沢大学名誉教授・西修

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西修・駒沢大学名誉教授 1/1枚

≪極東委が定めた“保護観察期間”≫

 日本国憲法が昭和22年5月3日に施行されてからもなお、極東委員会(FEC)により、2年間の“保護観察”下におかれていた事実は、ほとんど知られていないようだ。

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 FECは21年2月26日に発足し、米国、英国、仏国、ソ連、中国など11カ国で構成された。同委員会は、日本の占領管理に関する最高の政策決定機関であり、その政策決定には、連合国軍総司令部(GHQ)最高司令官・マッカーサー元帥も従わなければならなかった。とくに明治憲法の改正については、かならず同委員会の承認を得ることが必要とされていた。

 FECは、憲法改正がGHQ主導で進められていくことを快く思っていなかった。そこで、日本国憲法が公布される直前の21年10月17日、同憲法が本当に「日本国民の自由な意思」(ポツダム宣言第12項)によって作成されたものであることを確認するため、日本国民に対して再検討するように求めるとともに、自らも再審査する旨の“政策決定”を下した。

 以下が、その内容である。

 「日本国民が、新憲法の施行後、その運用の経験に照らして、同憲法を再検討する機会をもつために、かつ極東委員会が、この憲法はポツダム宣言その他の占領管理文書の条件を充たしていることを確認するために、政策事項として、同憲法施行後1年以上2年以内に、国会によって再審査しなければならないことを決定する。極東委員会もまた、同一期間内に憲法の再審査を行う。(中略)極東委員会は、日本国憲法が日本国民の自由な意思の表現であるかどうかを決定するにあたり、国民投票または憲法に関する日本国民の意思を確認するためのその他の手続きをとることを要求することができる」