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【正論】大隅良典氏の業績から見た「生と死」 筑波大学名誉教授・村上和雄

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大隅良典氏の業績から見た「生と死」 筑波大学名誉教授・村上和雄

正論更新

 2016年のノーベル医学・生理学賞を受賞した東京工業大学栄誉教授、大隅良典氏の授賞式が12月10日に行われる。21世紀に入ってからほぼ毎年のように日本人が受賞しており、しかも大隅氏のケースは単独受賞である。ここでは大隅氏の業績を生物の持つ共通の原理の面から考察する。

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 ≪細胞自らが死を決定する≫

 私たちは全く意識していないが、すべての細胞の中で、驚異的なスピードで正確に分子レベルでの化学(酵素)反応がおこなわれている。酵素は化学反応のスピードを数億倍にアップし、しかも反応相手を正確に認識する。したがって小さな細胞の中で何千という反応が同時進行できる。実に見事である。

 生化学者は、まずタンパク質、脂質、糖質などの高分子の合成反応のメカニズム解明に力を入れた。そして、合成に関与する酵素や遺伝子の研究で大きな成果を上げた。しかし、高分子の分解反応の解明は出遅れた。

 古くから細胞の死として知られる「ネクローシス」(壊死(えし))は、やけど、毒物、打撲、溶解性ウイルス感染などによって突発的に起こる、いわば事故死のような細胞死である。

 1972年に病理学者カーは、患部の病理標本を観察している途中で、ネクローシスとは形態的に全く違う奇妙な細胞死の過程があることに気付いた。

 彼が見たのはネクローシスによる膨らんだ細胞ではなく、縮小し断片化された形態の細胞死であった。彼はこの現象を、細胞自らが死を決定し、ある一定のプロセスを踏んで死が実行されていると考え、「アポトーシス」の概念を提唱した。

 アポトーシス(apoptosis)とは、ギリシャ語で “apo” は「離れて」“ptosis” は「落ちる」の意味で、カーは細胞の小片が死にゆく様子を、秋に枯れ葉が落ちる様子になぞらえたのである。

 ≪明らかにされたオートファジー≫

 生物は、複雑な生体を形作り、生命を維持し、進化をするための戦略として、細胞自らが死ぬことができる機構を獲得した。この遺伝子によって制御された積極的な細胞死を「アポトーシス」と呼ぶ。

 アポトーシスの機能としてよく知られるのは、ヒトの発生時に手足の指の間の水掻きのような細胞が死に、指が分離されて形成されることである。また、胎児における神経回路網の形成過程では、あらかじめ余分に神経細胞がつくられ、その中で、シナプスを形成できなかった細胞にアポトーシスが働き、取り除かれる。

 これらは発生過程の中で画一的に起こるプログラム細胞死といえる。また、発生が終わった後も身体の中でアポトーシスは働く。遺伝子が傷つき、異常に増殖してしまう細胞はがんをつくるが、これらの多くは遺伝子の働きで自死し、除去される。

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