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【板東武士の系譜】番外編・真夏の怪談(上) 藤原秀郷 「百目鬼」倒した武芸の開祖

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【板東武士の系譜】
番外編・真夏の怪談(上) 藤原秀郷 「百目鬼」倒した武芸の開祖

藤原秀郷(中央) 藤原秀郷(中央)

 猛暑の夏。少しでもひんやりした気分になればと、坂東武士の伝承から怪談エピソードを紹介する。

 下野南部を拠点に勢力を伸ばし、平将門の乱(935~40年)を鎮圧した藤原秀郷は、後生の武将からも「武芸の開祖」として崇拝された。小山氏や佐野氏ら北関東の名門武家の多くが秀郷の子孫を名乗った。俵藤太(たわらのとうた)として近江・三上山(滋賀県野洲市)の大ムカデ退治が有名だが、県内にも妖怪と戦う民話が残る。

 宇都宮に来た秀郷が老人に頼まれて馬捨て場に行くと、3メートル以上の大きな鬼が死に馬をばりばり食べていた。立ちすくんだ秀郷だが、われに返って弓を引き絞り、矢を放つと、みごと鬼の胸板を射通した。100の目を持つ化け物で、特に輝く目を射抜いたとする話や、100匹の鬼の頭目という話もある。

 これが「百目鬼(どうめき)」伝説である。

 鬼はばったりと倒れ、その体から炎が吹き出し、毒気が吐き出されている。秀郷は近寄ることができない。翌朝、見に行くと、鬼の姿はなかった。鬼が退治され、薄気味悪かった馬捨て場近辺は人が住む村になったとも。それが塙田村であり、現在、県庁もある宇都宮市塙田だ。

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