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【ハイ檀です!】(148)月桃

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【ハイ檀です!】
(148)月桃

 それにしても、西日本を襲った集中豪雨は凄まじかった。九州から関西にかけての県や府の被害は、本当に直視出来ないような状況であった。未だに消息の判らない方が多く居られるのは、痛ましい限り。その後の、海の日を含んだ3連休からは、猛暑が続いている。被災地で懸命に復旧と闘っておられる方々、駆けつけたボランティアの人々を襲う酷暑。ただでさえ暑いのに、身の置き所もない被災地での努力。我々に手伝えることと言えば、僅(わず)かな義捐(ぎえん)金を送ることくらい。

 そんな猛暑の中、健気に咲いている花がある。月桃(げっとう)が、それ。5年ほど前に沖縄に赴き、今埋め立て問題で沖縄県と政府が紛糾している辺野古の近く、東村にて優雅な暮らしを営んでいる友人宅を訪問。友人は、鬱蒼(うっそう)と茂る山原(ヤンバル)の傍で美しい太平洋を望みながら、ショウガやパイナップルの栽培、そして平飼いの養鶏もやっておられる。この養鶏の際、鶏が卵と共にせっせと生産する鶏糞を肥料に畑の作物を育てられているのだ。

 近くには、アグーと呼ばれる沖縄独特の豚の農場があり、そこで生産されたアグーを焼きながらの優雅な昼食。自家製のパインはもとより、鶏小屋の脇に植えられたパッションフルーツ、マンゴーのデザートを味わった。そんな時、庭を見渡していると、垣根のすぐ脇に美しい花が咲いていて、仄(ほの)かに甘い香りが漂っているではないか。あの花は、と質問すると「あー、あれが月桃の花ですよ。冬になると実がなります、その実は香りがよいので香料にしたり、食べものの香りづけに使います」。

 そう言えば、空港で月桃から抽出したエキスを用いた虫除けスプレーとかゆみ止めがあったような気がする。そうだ、長男の奥方に頼まれていた化粧水も、月桃由来のものではなかっただろうか。と言う次第で、さまざまな事案が脳裏を駆け巡り、挙げ句の果てはこの月桃の株を分けて欲しいと言いだしてしまった。すると「これは野生のものですから、いくらでもお好きなだけ掘って行かれたらいいですよ」と、寛大なるお許しを頂き、藪(やぶ)のようなところに入り、掘り始めた。あらかじめ、葉っぱの方は根元から切り落とし、根だけを掘る。が、サンゴの混じった土は固く、大難儀。おまけに「ハブがいるかも」という悪い冗談にビビりまくった。

 それでも3株ほど無事に掘り上げ、段ボールに押し込み福岡の自宅へ託送。友人の話によると「月桃は湿り気が好きな植物、出来るなら日当たりがよくて湿った場所が望ましい」という話だったので、選んだのが畑の北側の斜面のすぐ脇。ここならば、自然に滲(にじ)み出てくる水脈があるし、手彫りの井戸のすぐ隣。現在、斜面になっている場所は福岡市に道路拡張で寄付した土地が崩れぬよう、コンクリートを打った完璧な土留めが施してある。おまけに陽だまりのようになっているから、冬でも輻射(ふくしゃ)熱が残る為に暖かいようだ。

 そんな場所を選んでの定植、翌年の春を迎えると芽が2本ばかり出て、何とか生きてくれていることを確認。が、余りにも伸びが悪かったので株の周りに大量の堆肥を施した。しかし、根付いたのは1株だけで、残りの2株は自然消滅。恐らく、冬の寒さに根が凍りついた可能性がある。月桃にとって、いくら九州であれ冬の寒さには耐えられないのか、と半ば諦めかけていた。ところが翌年の初夏、いつの間にか10本近くの幹が、地上1・5メートル位の高さまで伸びているのを発見。月桃、見事に根付いてくれたのである。

 そして今年の梅雨明けを待ちかねたように、美しい花を開き始めた。もうこうなれば、この先は枯れることはないだろう。月桃の美しい葉は、霜に当たると黄変して枯れる。であるなら、霜の季節の前に茎を刈り取り、ワラを被せて暖かくして冬越しをさせてやろう…。

 月桃は、ショウガやミョウガの仲間で、水辺に美しい白い花を咲かせるジンジャーもまた仲間。聞いた話では、月桃の葉には殺菌作用があるので、沖縄でお握りを包んだり、ムーチーと呼ぶ蒸し餅を包むのに利用されているようだ。葉には優しい香りがあるので、粽(ちまき)を包んだりするのには最適。端午の節句は過ぎてしまったが、屈原ゆかりの粽をこしらえ、月桃の葉の香りを愉(たの)しむことは、よき納涼になるのではなかろうか。

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【プロフィル】だん・たろう

 1943年、作家・檀一雄氏の長男として東京に生まれる。CFプロデューサー、エッセイストとして活躍し、「新・檀流クッキング」などの著書多数。妹は女優の檀ふみさん。