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「空港警備は歴史の途上」元空警隊長・木川利秋さん

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「空港警備は歴史の途上」元空警隊長・木川利秋さん

 昭和53年5月の成田空港開港以前から空港警備に携わり、空港警備隊長も務めた県警OBの木川利秋さん(62)に話を聞いた。(橘川玲奈)

 「空港警備はまだ歴史の途上。警備の仕事はまだ終わっていない」。空警隊結成40年を前に、木川さんは感慨深げに語った。

 木川さんが県警に任官された49年4月は、警察官3人が火炎瓶や鉄パイプで襲われて殉職した「東峰十字路事件」(46年9月)など、空港設立に反対する極左集団のゲリラ活動が勢いを増していた時代。家族の猛反対を押し切り、警察学校卒業後は機動隊員として過激派とぶつかった。それ以来、警察官人生のほとんどを空港警備に費やした。

 中でも忘れられないのは、空警隊の中隊長時代に経験した62年の「1・14機動隊襲撃事件」。地元住民に対する見返り振興策として整備された成田用水の警備に当たっていた機動隊員が過激派に襲撃され、3人が重軽傷を負った。

 現場は混乱を極め、見張り番で岡山県警から出向していた部下の巡査部長を8時間以上交代させられなかった。「頑張れよ」とねぎらうと、「中隊長、このために出向しています」と力強い返事が返ってきた。1月の成田の夜は氷点下まで冷え込む。弱音を吐かずじっと耐える姿に「日本の警察は素晴らしい」と誇らしくなった。

 2年後に控える東京五輪・パラリンピックでは、成田空港は海外の選手や観光客のおもてなしの玄関になる。同時に国際テロの脅威にもさらされ、ますます空港警備の重要性は高まる。「先輩たちが流した血や汗で今がある。過去の遺物ではない」。木川さんはきょうも成田空港を警備する後輩の空警隊員に安全を託した。