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【ハイ檀です!】(147)ひこばえ

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【ハイ檀です!】
(147)ひこばえ

 いやはや、参りました。畑の周りに柵を張り巡らせた効果があり、イノシシによる被害は激減。イノシシに代わって台頭したのが、カラス。いつもなら、屋根の上か家の隅にある楠の大木の枝でカアカアやっている程度だから、それほど気にはならない。ところが、5月の連休が明けた頃になると、我が家は果物が熟れ出す季節。この時季になると、どこから集まって来るのか、夥(おびただ)しいカラスの黒い軍団。1年間かけて、丹精込めて育てたビワを容赦無く食べてしまうから始末に負えない。

 12月から1月にかけてのビワは花を持つ、そこで脇芽を摘んだり蕾(つぼみ)の間引き。2月から3月は、摘果が仕事。寒い風が吹く中でのこの作業、大変につらく厳しい。悴(かじか)む指先を擦り合わせ、鼻水を啜(すす)りながら黙々と作業を続ける。何でこんなにつらい思いを、と、毎年同じように後悔をしている。僕たち夫婦が食べるビワなんて、1本の木があれば十分なのに、成り行きで我が家の隣にある果樹園を借りてしまったのだ。果樹園にはビワとプラムの樹が、20本以上あるので地獄。

 3月の終わり頃から4月の初旬には、袋掛けという作業が待ち受けている。ビワを3個程度に摘果し、丁寧に袋を被せる。毎年、約2千枚の袋を用意しているが、今年は僕が摘果作業を怠った挙句、袋掛けの手伝いを友人にお願いした。この結果、摘果せずに闇雲に袋を掛けてしまったので、3500枚の袋を消費。1袋に3個のビワが収穫出来るとして、1万500個。ビワの販売はしてはいないので、ただただ友人知人に送るだけ。この輸送費が飛んでもない額になり、我が家にはビワ貧乏という言葉が生まれた。

 ところが、今年のトータルの収穫量は例年に比べると明らかに少ない。毎朝のように、早朝にカラスが大群でやって来て、ビワを食べ漁る。袋が掛かっているから中身は見えない筈、なのに完熟したした袋から啄(ついば)んで行くから不思議。ヒッチコック監督の名作『鳥』のワンシーンを思い出すような、不気味なカラスの群れにはただ驚くばかり。

 被害はビワだけではなく、プラムもやられてしまったし、妻が丹精込めて作り、見事に実ったトマトも啄ばみ始めている。行政に陳情し対策を立てて欲しいが、あの凶暴なイノシシの件さえ取り合ってくれないのだから…。そこで致し方なく、トマトやキュウリには防鳥ネットを被せ、被害を食い止めようと必死に戦っている。

 梅雨に入り、毎日が暗い憂鬱な気分でいたところ、庭に植えた山椒の木の下に実に嬉しいものを発見した。山椒の木から50センチくらい離れたところに、5、6本の山椒の「ひこばえ」が生えているではないか。しかも、生えたての若葉である。もし、今の場所にひこばえが育ってくれたら、長い期間木の芽が楽しめる。アサリの味噌汁などに浮かせる、あの木の芽である。あまりの嬉しさに、大声で妻に声をかけ喜びを分かち合った。というのも、今回芽を出してくれたのは、普通の山椒と少し異なる。次々に新芽を育んでくれる偉い山椒なのだ。だが、ボケ老人は、その山椒の種類を失念してしまい、新たな苗が買えないでいたのは事実。

 この嬉しいひこばえについて調べてみると、不吉な記述も見つけた。ひこばえは、ふつうは木を切り倒した後に、根の生命力が自身を再生すべく新芽を出すようだ。が、何らかの不都合で木が枯れかかった際にも、枯れる前にひこばえを発芽させ、生き延びることがあるそうだ。この他にも、うっかり根などに傷を付けると、ひこばえを誘発させることもあるとか。もしかしたら、芝刈りの際に芝刈り機の刃が根に当たったことも考えられる。

 もう一つ、接ぎ木したミカンとかナスの苗を購入して植えても、何らかの拍子にひこばえとして台木の方の植物が成長し、見慣れぬ植物が姿を現すことがある。ミカンであればカラタチの木だろうし、ナスは原種のナスに戻りナスと同じ花を咲かせる。

 ともあれ、山椒の木は植え足そうと考えていたところなので、殊の外嬉しい。親木も枯らせたくはないので、これを機に大切に扱う積もり。果たしてうまく育つか、これからの重要な課題であり楽しみでもある。ところで、30年前に創立した広告会社を、先月を以って完全にリタイア。全く未練がないと言えば嘘になるが、今は後を引き継いでくれる、立派な『ひこばえ』が育つことを願うばかり。 

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【プロフィル】だん・たろう

 1943年、作家・檀一雄氏の長男として東京に生まれる。CFプロデューサー、エッセイストとして活躍し、「新・檀流クッキング」などの著書多数。妹は女優の檀ふみさん。