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銚子商元エース、木樽正明氏が球児にエール 持てる力の80%出せれば成功

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銚子商元エース、木樽正明氏が球児にエール 持てる力の80%出せれば成功

 まもなく開幕する夏の高校野球。野球離れが進む故郷の銚子市で野球少年らの指導に奮闘する銚子商の元エース、木樽正明氏(71)に、「野球のまち銚子」、そして「野球王国・千葉」の復活にかける思いを聞いた。(城之内和義)

 --全国高校野球選手権大会が今夏で第100回を迎える

 「私が高校生の時は第45回(昭和38年)と第47回(同40年)の夏の全国大会に出場しているので、あれからもう半世紀以上がたったという感慨がある。時代的な背景をみると、当時は木製バットで、ピッチングマシンもスピードガンもなければ、科学的なトレーニングもない時代だった。今の高校生の体つきを見ると、われわれの時とは雲泥の差。筋力が付いているだけに打球の速さとか飛距離とかパワーの違いをまざまざと感じさせられる」

 ◆昔とは雲泥の差

 --高校野球はどう変わった

 「昔はランナーが出ればすぐにバント。1アウトでもバントという時代だったが、今はそういう作戦が少なくなった。打撃上位で、投手戦が少なくなり、点の取り合いという傾向にあるのではないか。一番大きな理由は金属バットになったことと、パワーをつけるためのトレーニング方法が重視されているからだ。一方で、トレーナーの管理が確立されてきて、絶対に無理をさせないから選手寿命は延びている。昔は使い捨てのような時代もあった。けがをしたら自分の責任だというようなね。そういう面では今の選手たちは医療面のケアも充実しているから良いことだと思う」

 --自身のけがの体験は

 「私の場合は、肩やひじを軽く痛めることはあっても、大きな故障はなかった。ただ高校1年の時にデッドボールで利き腕の右肩を複雑骨折した。その年は痛みをこらえながら一塁手として県大会に出て、全国出場を決めた。甲子園でも試合に出たが、複雑骨折だから普段は包帯で腕を固定して試合の時だけ外した。準々決勝の時に、1死二塁の場面で私の前に内野ゴロが来た。二塁走者がホームに駆け込んできたので、すぐにホームに投げたが、普段のようにはいかなくてセーフになってしまった。結局、その試合は負けてしまい、チームに迷惑をかけたという悔いが今でも残っている」

 --現在は故郷・銚子市の行政アドバイザーとして、少年野球の指導や指導者への助言などを行っているが

 「小・中・高校生とそれぞれ体力的、技術的にレベルが違う中で、いかに子供たちが野球を続けるように指導できるかが大事だ。小学生にはまず野球を楽しませて、中学校ではもう一つ上のレベルを目指す。そして中学の指導者は『高校でも野球をやりたい』と思わせる選手の導き方をしてほしい。試合に勝つことを優先させると、指導方法が偏ってしまうことがある。もちろん勝負だから勝った方がいいが、それがあまりにも突出してしまうと、子供たちの野球に対する面白さや楽しさが失われてしまいかねない」

 ◆丸刈りの時代じゃない

 --子供たちの野球離れが懸念される

 「ある時、スポーツ少年団の優秀なバッテリーに『中学でも野球をやるんだろう』と声をかけたら、『丸刈りにさせられるから中学ではやりません』と言う。そこで各中学校の野球部顧問に、丸刈りじゃなくても受け入れる態勢を考えてほしいと相談したが、いまだに難色を示す指導者もいる。銚子は少子高齢化が顕著で、野球をやる子供の数が年々減ってきている。サッカーなど他のスポーツの影響もあるが、一つの弊害として頭髪の問題もあるとすれば、もっと楽しく野球ができる環境を整えることで、野球離れの歯止めになる。遅きに失した感もあるが、この頃は指導者も変わらなければいけないということがようやく分かってきたという手応えを感じる」

 --「野球のまち銚子」復活のための活動にも力を入れている

 「銚子商と市立銚子出身のプロ野球OBらが地元の小中学生を指導する『黒潮野球教室』を毎年開いている。また、野球をやっていない子供たちをいかに野球に引き入れるか。4年前にはどのチームにも所属していない子供たちを集め、少子化で活動休止状態のスポーツ少年団を復活させるなど、受け皿づくりも始めた」

 --銚子商と習志野が全国制覇した千葉の黄金時代があった。当時はなぜ強かったのか

 「やはり、いい指導者がいた。銚子商には斉藤一之監督(故人)がいたから、県外からもいい選手が集まってきた。当時は銚子商や習志野など強い学校が切磋琢磨(せっさたくま)し、そして指導者同士のライバル意識も強く、県全体のレベルを高めていった。しかし現在は、いい選手が県外の私立高校に行ってしまう。地元に強い学校がなければ、どうしてもそうなってしまう。いい選手を取りたければ、結果を出さなければいけない。結果を出すには、いい選手を取らなければいけない。これではニワトリとタマゴの話になってしまう。どちらにせよ、いい指導者がいなければ強くなれない。公立の場合は先生が何年かで異動になるから難しい部分もあるが、指導者同士がライバル心を燃やしていくことも大事なことだ」

 --夏の県大会(11日開幕)を控えた千葉の高校球児たちにエールを

 「大会では緊張感もあるし、今までの練習でつけてきた力を発揮するのは非常に難しい。とにかく、がむしゃらにやってほしい。試合では持てる力の80%を出せれば成功だという気持ちでやればいいと思う」

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【プロフィル】木樽正明

 きたる・まさあき 昭和22年6月13日、銚子市生まれ。右投げ右打ち。銚子商では40年夏の甲子園でエース、4番打者として活躍し準優勝。41年、ドラフト2位で東京オリオンズ(現千葉ロッテ)に入団。51年に29歳で引退するまでに通算112勝を挙げた。引退後はロッテのコーチ、スカウト部長などを歴任。平成26年、銚子市の行政アドバイザーに任命され、市内小中高校での野球指導、指導者や保護者からの相談に対する助言など幅広い活動を行っている。