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世界文化遺産に「潜伏キリシタン」 天草の観光ガイド・森田さん、漁村の歴史語り継ぐ

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世界文化遺産に「潜伏キリシタン」 天草の観光ガイド・森田さん、漁村の歴史語り継ぐ

崎津集落で、崎津諏訪神社の境内につながる階段から集落を案内する森田哲雄さん=熊本県天草市 崎津集落で、崎津諏訪神社の境内につながる階段から集落を案内する森田哲雄さん=熊本県天草市

 「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が30日、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界文化遺産への登録が決まった。熊本県では唯一、構成資産に名を連ねた天草市の崎津集落では観光ガイド、森田哲雄さん(77)ら地元住民がPRに奮闘中だ。「漁師とその家族が迫害を乗り越え、守り抜いた文化をぜひ知ってほしい」。森田さんらは今回の登録をきっかけに、さらに意気込む。

 「ここで、取り調べや踏み絵が行われた。弾圧を象徴する大切な場所です」

 ガイド役をとりまとめる森田さんは、集落を一望できる崎津諏訪神社の境内につながる階段を上ると、息を整えた。集落は天草市の南西部にある羊角湾(ようかくわん)の入り江にたたずむ。

 江戸時代後期の1805年、この地方で5千人ほどの潜伏信徒が見つかり、信心道具を徳川幕府が没収する「天草崩れ」が起きた。

 禁教下で、漁村ならではの信仰が育まれた。

 「信徒は十字架ではなく、一見、普通の貝殻を信心具としたのです」と森田さんは話す。信徒はアワビやタイラギの貝殻の内側に浮かぶ模様を、聖母マリアに見立てた。豊漁の神様を、キリスト教の神として「デウス様」と唱えあがめた。崎津集落で、人々はひそかに祈りを捧げ続けた。

 幕府の役人の前でキリストの絵を踏んだ信徒は、つま先立ちで急いで帰り、水がめで足を洗った。そしてその水を沸かし、お茶にして一家で飲んだ-。これは森田さんが子供のころ、隣に住むおばあさんから聞いた言い伝えだという。

 10年前にガイドを始めたころ、ふと思い出した。

 「あれは、罪悪感と折り合いをつける方法だったのだろう」。弾圧下にあった信徒の心情に思いをはせながら、踏み絵が行われた場所の1つで、畳敷きが目を引く崎津教会などを来訪者に案内する。

 崎津集落のガイドは、天草宝島観光協会(天草市)の研修を受けた総勢23人が担う。同協会のホームページを通じ、依頼を受け付ける。このうち7人は、森田さんら地元の住民たちだ。

 少子高齢化が進み、漁村文化や街並みを保つのは容易ではなくなっている。それでも、ありのままの集落の姿を見てもらおうとの思いで、信仰の歴史を語り継ぐ。

 地元ではこの先、海を隔てた長崎県側にある他の構成資産との連携を強化する動きも活発化する。

 天草市では、崎津と長崎港とを結ぶ定期船を今年も今月から11月まで運航する。今後、多くの構成資産を周遊するルートの整備などを進めたい考えだという。