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風太郎の短編掲載、乱歩編集誌を公開 養父の記念館、直筆原稿とともに

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風太郎の短編掲載、乱歩編集誌を公開 養父の記念館、直筆原稿とともに

 養父市の山田風太郎記念館の開館15周年を記念した企画展で、風太郎の直筆原稿「怪異投込寺」と掲載誌「宝石」(昭和33年1月号)=写真=が初めて展示されている。当時の宝石は風太郎の恩師でもある作家、江戸川乱歩が編集していた雑誌。風太郎と乱歩のつながりからも興味深い展示となっている。

 昭和21年創刊の「宝石」の元編集者、神尾重砲(かんお・じゅうほう)さんの遺族が原稿と掲載誌などを同記念館に寄贈。神尾さんは58年、66歳で亡くなったが、創刊間もない同誌の懸賞小説に入選した風太郎とは長い親交があった。

 「宝石」は経営悪化で、32年8月から乱歩が編集長となって発行を続けた。風太郎のエッセー「死言状」(ちくま文庫)によると、「怪異投込寺」の執筆はかなり時間がかかったらしい。

 「乱歩先生の手紙」では、乱歩から直々に原稿を依頼されながら、原稿を一向に出さない風太郎にしびれを切らした乱歩が「原稿の事は甚だ不満。私がやり出してから書いてもらえない人、あなただけになりました」とはがきを送り、催促した。

 ようやく、北斎と写楽が登場する時代小説の短編「怪異投込寺」を書き上げると、乱歩から「大変結構です。一月号で一番面白いかも知れません」と初掲載の小説の出来栄えを称賛する礼状が届いた。

 このとき風太郎は35歳、乱歩は63歳。風太郎が宝石に投稿した小説を高く評価したのが乱歩で、風太郎の宝石掲載を何よりも喜んだのは乱歩自身だったことがわかる。