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東松島・相沢朱音さん(18) 震災で親友を亡くす 次世代に広める防災意識

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東松島・相沢朱音さん(18) 震災で親友を亡くす 次世代に広める防災意識

 私は今、集団移転先にできた新しい町に住んでいます。引っ越したころは周りの家も少なかったけど、今では地域のお祭りもあります。

 震災当日のことは実はあまり詳しく覚えていないことも多いです。語っていく中で思い出すこともあります。東日本大震災があったとき、私は東松島市立大曲小学校の5年生。教室で「お楽しみ会」の準備をしていました。

 先生に「机の下に隠れなさい」と言われて、その通りにしました。隣の子と「揺れ、大きいね」と話したのを覚えています。学校では校庭に避難したあと、親が迎えに来た子から家に帰ることになっていました。私には当時小学1年生の弟がいて、弟の授業が終わるころだったので母が迎えに来ました。なので、すぐに家に帰ることができると思ったんです。家には愛犬のナイトを残したままでした。

 私の家は学校より海側でした。最初は車で家に向かいました。けれど父に電話で「内陸にある親戚の家に逃げろ」と言われ、そこをめがけて避難しました。ナイトのことが気になりながら。なので私は津波自体は見ていません。

 父は津波が来ることを知っていたのかもしれません。避難先の親戚の家では、隣の家の人がおにぎりを持ってきてくれて、電気を使わないストーブでみんなで1つの部屋で暖を取りました。ナイトのことをずっと考えていました。ナイトは今も行方不明です。

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 4月の話です。父に部屋に呼ばれました。正座して向き合い、父の口から親友が津波で流され亡くなったと聞かされました。おそらく父は新聞で知ったのでしょう。そのころは毎日亡くなった人の名前が新聞に並んでいたんです。

 信じられませんでした。「実は生きているのではないか」と思っていました。同学年で犠牲になったのは私の親友1人だけ。いつも学校から一緒に帰っていたことが思い出です。実は親友とは前日、学校の帰り道ちょっとしたケンカをしてしまったんです。「ごめんね」と言えないまま別れてしまった。それが後悔として心に残っていました。

 小学校の友達の中では震災の話をするのがタブーであるような雰囲気も漂っていました。震災の話が出るとパニックを起こす子もいました。私の小学校は内陸の方から通っている子もいて、被害は地域によって差がありました。帰る家がなくて避難所で暮らす子もいれば、普通に家で暮らしている子もいました。

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 中学校に入るとより広い地区から生徒が集まります。だから自然と震災の話をすることもなくなっていきました。でもずっと心の中にありました。ふさぎ込んで震災と向き合えずにいました。親友のことを考えていたんです。1人の友達に「本当につらい」という気持ちを登下校時に聞いてもらっていました。「死んでしまいたい」と話すこともありました。ずっとそんな話を聞いてもらっていました。

 中学3年の夏、生徒会のメンバーとして、三重県での防災交流に参加しました。南海トラフ地震での被害が想定されています。そこで同い年の女の子と話しました。「海が怖くないの」と聞かれ、「怖くないよ」と答えました。私の家は海のすぐそば。小学生のときには地引き網漁の体験にも参加しました。だから海は私の日常そのもの。そのとき、その子のほっとした表情を見て、「経験を語ることで次に生かせることがあるんじゃないか」と思いました。

 そのときから語り部の活動を始め、中学生や高校生らに語ってきました。同年代の人からの話を聞くことで、より震災を「自分事」として捉えてもらえるのではないかと思っています。

 それだけではありません。私自身が震災を語ることで心の整理をしています。語り部を始める前まで震災を忘れようとしていた自分がいました。震災を忘れることも復興なのかもしれないと思うこともあります。向き合わなければいけないというのは本当に苦しいことだとも思います。でも私は向き合うことも忘れることもできず、ずっと苦しんでいました。だから私は現在も自分の心の整理をつけるために語り部をしています。

 まだ完全に震災と向き合えてはいません。震災の話をするときも、笑いながらでないとできません。一昨年、東京の高校生に語っていたとき「なぜ笑っているんですか」と聞かれました。気付いてもいませんでした。「私笑ってたんだ」って。でも笑っていないと泣いてしまうんです。それ以降は「笑ってしまって不快に思うかもしれないですけど」と話してから語り部をするようにしています。

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 いつも皆さんにお伝えしていることは「語り部の話を聞いた人も語り部になれる」ということ。私の話を聞いて、家に帰って友達にでも家族にでも一言、思ったことを伝えてくれればそれはもう語り部。少しでも防災意識の輪が広がっていくのかなと思っています。それが私が一番伝えたいことです。

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【プロフィル】相沢朱音

 あいざわ・あかね 平成11年生まれ、宮城県東松島市出身。仙台市内の大学に通う。語りをまとめた本「16歳の語り部」(ポプラ社)で高校生の語り部の一人として登場する。