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「神倉旧記録」の翻刻本完成 熊野速玉大社所蔵の和装本 御燈祭りの記録も 和歌山

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「神倉旧記録」の翻刻本完成 熊野速玉大社所蔵の和装本 御燈祭りの記録も 和歌山

 ■熊野の歴史をよむ会、2年半かけて解読

 神武東征の時代から明治2(1869)年までの神倉山(神倉神社)に関する編年記録「神倉旧記録」の翻刻本を「熊野地方史研究会」(会長=船上光次・新宮市立図書館長)が発行した。国の重要無形民俗文化財「御燈(おとう)祭り」の記録などが活字化され、今後の研究の貴重な資料としての活用が期待される。

 神倉旧記録は、熊野速玉大社所蔵の和装本。存在は知られていたが、本格的に解読されたのは今回が初めて。同研究会が主催する「熊野の歴史をよむ会」で講師を務める「国際熊野学会」の山本殖生(しげお)代表が中心となり、よむ会が約2年半をかけて解読に取り組み翻刻本の発行にいたった。

 山本代表によると、神倉旧記録は神倉社僧に仕えた下役人「残位坊(にょらいぼう)」3家(東家、南家、西家)のうち、西家の人々が編纂(へんさん)したと考えられるといい、見返しには「西惣太夫春家」ら3人の名が残されている。

 御燈祭りについては、江戸時代の文政7(1824)年の記録に、「登(のぼ)り子」が数百人参加したという記録が初出だった。現在は、「登り子」と「上(あ)がり子」の2通りの呼び方があるが、同記録にも両方の記述が混在している。登り子が最初に記述され、上がり子はその後の記述に多くみられるという。上がり子の参加人数は最多で「数千人」とされていた。

 また、ゴトビキ岩の東の平坦(へいたん)地にあった本堂の図面が残されていた。老朽化した本堂が動いて中にいた上がり子がけがをしたことや、本殿が傷んで危険になり、御燈祭りを中止する触書が出たことなども記されているという。

 山本代表は「今後の歴史研究の原資料として多角的に使ってもらえれば」と話している。

 A4判で136ページの翻刻本は同図書館で貸し出し(1冊)や閲覧(2冊)ができる。問い合わせは同図書館(電)0735・22・2284。