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【被災地を歩く】大槌「風の電話」 「悲しみを懐かしさに」変わる役割

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【被災地を歩く】
大槌「風の電話」 「悲しみを懐かしさに」変わる役割

 スイセン、タンポポ、パンジー…。命輝く季節に、草木揺れる丘。春の陽気に包まれた岩手県大槌町吉里吉里地区の高台に白い電話ボックスはある。ダイヤル式の黒電話は回線にはつながっていない。東日本大震災後、この世を去った人と話すために多くの被災者が訪れた。ボックス内、思いがつづられたノートは4冊目。悲しみと向き合いたいけど、でも…。それぞれの思いを受け止めてきた「風の電話」は今、その役割を変えようとしている。

 ◆「心で話します」

 ガーデンデザイナーの佐々木格(いたる)さん(73)は、同町の水産加工会社を早期退職し平成11年、浪板海岸を見渡せる鯨山に移り住んだ。4千平方メートルの土地を開墾し、庭を整備。他人の庭の手入れも手がけた。

 震災前から自宅の庭に電話ボックスを置き、「メモリアルガーデン」を造ろうと考えていた。そして、23年。津波でいとこが行方不明になった。1人きりで、会えない人に思いを伝える場所が必要な人がいる。ほどなくして、庭に譲り受けたボックスを設置した。

 黒電話の横にはこう書かれている。

 「風の電話は心で話します 静かに目を閉じ 耳を澄ましてください 風の音が又は浪の音が 或は小鳥のさえずりが聞こえたなら あなたの想いを伝えて下さい 想いはきっとその人に届くでしょう」

 思いを吐露したいのは被災者だけではない。愛知県から訪れた50代女性は「欲張って3人に話しかけちゃった」。亡き父母、夫に電話口で話しかけた。むろん、返事はない。それでも「近況を伝えられてうれしかった」という。

 風の電話の目の前に来たのに、ボックスに入れずに引き返す人もいる。

 「まだ身内の死を受け入れられない人もいる。電話がつながったときに悲しみが襲ってくるから」

 そう、佐々木さんは話す。

 ◆生活の楽しみを

 ひそやかに故人と話す場所。そんな風の電話は役割を変えつつある。

 佐々木さんは花巻市出身の詩人、宮沢賢治を引き合いに出す。「賢治は冷害に苦しむ農民の姿を見て、つらい労働だけではだめだと『羅須地人協会』(農民芸術学校)を開いた。震災から7年以上、賢治の時代と重なる。生活の楽しみなくして心の復興は始まらない」

 そして、4月下旬。心の痛みを共有し、子供たちに豊かな感性と想像力を育ててほしいと、風の電話そばにある「キッキの森」で、音楽祭を初めて開いた。

 4千平方メートルの森には、風の電話にちなんだ詩や曲を作ったアーティストらが集った。地元の児童合唱団「あくどまめ」、町出身のトランペッターの台隆裕さん。参加者全員で「星めぐりの歌(賢治作曲編)」を大合唱する場面もあり、笑顔であふれた。

 震災前に母のチエさん(82)を亡くした同町の昆野安子さん(66)は「母と話したくて前から来たいと思っていたが、こういうことがないと来られなかった」と涙を浮かべた。森の中で音楽を聴くことで癒やされたという。「次は歌で出演したい」とも。

 佐々木さんはこうした催しを通じ、「人を外部から呼べば経済も伴う」と話す。

 「悲しむだけが風の電話の役割ではない。死を受け入れて、次の人生のステップに進むことも大事。魂はいつでもそばにいる。悲しみはいつか懐かしさに変わるのだから」

 そのよすがが、風の電話なのだろう。(千葉元)