産経ニュース

「非常に大変長かった」…玄海町に日常戻る

地方 地方

記事詳細

更新


「非常に大変長かった」…玄海町に日常戻る

 「非常に、大変、長かった。ほっとした。私は2度、再稼働について容認した。時間がかかりすぎたかな、という気がする」

 23日午前、佐賀県玄海町役場で記者会見した岸本英雄町長はこう切り出した。

 1度目の容認は平成23年7月だった。岸本氏は定期検査中だった玄海原発2、3号機の再稼働に同意した。東京電力福島第1原発事故の衝撃は大きく、反対論は大きかった。それでも、当時の民主党政権の要請を受け、日本のエネルギー事情を熟慮した上での決断だった。

 ところが、菅直人首相が突如、再稼働にストレステストを義務付ける方針を打ち出した。はしごを外すかのような政府の行動に、信頼関係は崩壊した。その後、日本のエネルギー政策は迷走を続けた。

 「この間、やろうと思っていた政策はほとんどが飛んでしまった。私も、町議員の皆さんも、ある意味で、気力を失ってしまった部分が大きかったと思う。東電にも、国にも、菅さんに対しても『何てことをしてくれたんだ』という思いで一杯だった」

 岸本氏はこう振り返った。

 玄海原発3号機の再稼働で、ようやく町に日常が戻った。岸本氏は「ちょっとほっとした。町民の皆さんも同じ思いじゃないでしょうか」と淡々と語った。

 町内で文具店を営む片山義孝氏は「仕事の半分以上は九電関係だ。反原発派は『命の問題だ』などと言うが、町内で商売をしている人間にとっては、原発が動かずに町がさびれる方が命に関わるんだ」と語った。