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手すき和紙を陰で支えた70年 土佐の用具職人・山本忠義さん(88)

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手すき和紙を陰で支えた70年 土佐の用具職人・山本忠義さん(88)

 ■消えゆく精緻な技術

 高知県土佐市の山本忠義さん(88)は、全国でも数少ない手すき和紙の用具職人だ。約70年間、腕を磨き続け、日本の手すき和紙技術を陰で支えてきた。今でも注文は絶えないが「私も年を取った。そろそろ幕を下ろしたい」と引退を検討している。

 職人だった父親に10代で弟子入りし、この道に入った。自宅に隣接する15畳ほどの仕事場には工具や材料の木材がびっしりと並ぶ。「体に染みついているのかな」と、朝になれば自然と体が仕事場に向かう。

 全国手漉和紙用具製作技術保存会(同県いの町)によると、手すき和紙はコウゾなどに粘液を加えた原料を槽にため、職人が1枚ずつすいて作る。「桁」と呼ばれる木枠に、細い竹ひごを並べて絹糸で編んだ「簀」を挟み、溶液をこして残った木の繊維が和紙となる。用具作り専業で生計を立てるのは難しく、桁と簀の両方を作れる簀桁職人は山本さんら数人しかいないという。

 佐賀県の和紙職人、谷口祐次郎さん(52)は「桁はぬれると木が膨張するが、山本さんはミリ単位で組み方を調整してくれるので長く使える。そんな職人はもう他にいないのでは」と、精緻な技術を信頼する一人だ。

 60代の頃は技術の継承に精力的に取り組んだ。知人に請われ、ブータンへ簀桁の製作を教えに行ったこともある。自身を「猪突猛進タイプ」と評し、1日通して授業を続け、現地の人が悲鳴を上げたこともあったという。

 後継者はいない。「時代の流れには勝てない。自然淘汰だよね」と笑う寂しげな表情には、重ねた年月の重みが刻まれていた。