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2万1000人以上が避難のいわき市、新たな「分断」防ぐ 双葉郡との連携課題

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2万1000人以上が避難のいわき市、新たな「分断」防ぐ 双葉郡との連携課題

 「被災者帰れ」-。東京電力福島第1原発事故から2度目の年越しを迎えようという平成24年12月、市役所の玄関などで、双葉郡からの原発事故避難者に対する落書きが見つかったいわき市。震災発生から7年、こうした非難は潜在化したようにも見えるが、避難者の高齢化による孤立や、いわき市と双葉郡との連携の必要性など、新たな「分断」や課題も生まれている。(大塚昌吾)

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 落書きのあった年の4月には、当時の渡辺敬夫市長が、「東京電力から賠償金を受け、多くの人が働いていない。パチンコ店もすべて満員だ」「避難者は医療費が無料(窓口負担免除)なので、市内の医療機関は大変な患者数」と発言し、社会問題化していた。

 避難区域に近く、気候も温暖ないわき市には現在も、2万1千人以上の避難者が暮らす。

 「表向きは落書き事件みたいなことはなくなったが、今でも賠償金で高級車やマンションを買ったり、高い店に出入りしたりする人がいて、地元からすれば違和感はある。『分断』は潜在化している」。市街地で、飲食店を経営する60代女性はこう言う。

 避難者と市民つなぐ

 一方で、コットン栽培を通じ、避難者といわき市民をつなぐ活動を続けるNPO法人「ザ・ピープル」理事長の吉田恵美子さん(60)は「長引く避難に伴う将来不安もあり、堅実な生活をしている人は多い。ただ、普通に暮らしていても、新たな『分断』が生まれている」と指摘する。

 吉田さんは東日本大震災前から、いわき市小名浜で集めた古着のリサイクルによる支援事業をしてきたが、震災後は災害ボランティアセンターの開設を経て、落書き事件と同じ24年12月に、「ふくしまオーガニックコットンプロジェクト」をスタートさせた。

 震災前までは小学校のコメ作りの授業に使われていた畑で、仮設住宅に暮らす避難者が、「『気兼ねなく大声で笑える』と生き生きと話した様子が印象的だった」と吉田さんは言う。

 津波被害を受けた小名浜地区に、道を挟んで原発避難者が入る県の復興公営住宅と、津波被災者のためのいわき市の災害復興住宅が向かい合う地区がある。集会所も別々で、県の復興公営住宅は避難元の町によって棟まで分かれている。

 「分断」を象徴するような場所だが、コットンプロジェクトは2つの集会所で夏祭りや収穫祭を開き、入居者の交流をしている。高齢者の孤立

 コットン畑は、いわき市内だけでなく、双葉郡内にも広がり、プロジェクト自体は順調に進んでいる。

 しかし、震災から7年たち、「望まぬ避難解除」で賠償が打ち切られたり、生活基盤がなくて町に戻れなかったりと、双葉郡からの避難者の中にも「新たな分断」が生まれた。

 さらに深刻なのは、子孫世代だけで新しい住宅に移り、「高齢者が復興住宅や仮設住宅に取り残される『家族の分断』だ」と吉田さんは明かす。賠償金の一部が仕送りのような形で送られているのか、「生活困窮の例も少なくなく、深刻な状況」と問題提起する。

 いわき市の大和田洋・総合政策部長は「民間の介護のマンパワー不足など、人口急増と高齢化に供給が追いついていない。コミュニティーの中での孤立対策も課題」と認識する。

 ただ、避難者の把握は町と県が行っている上、市の行政サービスも、住民票を異動していない人には依然、「町を通じて市内の避難者に広報せざるを得ない」(大和田氏)状況だ。

 心の問題の解消には十分な時間が必要だが、「行政の分断」といった制度上の課題は国や県に突きつけられている。

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【用語解説】ふくしまオーガニックコットンプロジェクト

 風評被害や後継者不足で増えた耕作放棄地を活用し、いわき市内で平成24年に始まった。地元の人と避難者が一緒になり、学校や企業なども加わって、「希望の綿」と名付けた農薬や化学肥料を使わない和綿を栽培。市内20カ所以上のほか、双葉郡の楢葉町や富岡町にも畑は広がり、収穫量は1トンを超える。委託生産でタオルや手ぬぐいなどに商品化し、道の駅やネットショップなどで販売。問い合わせは、NPO法人「ザ・ピープル」(電)0246・52・2511。