産経ニュース

【東日本大震災7年】宮城・雄勝、千葉大生が咲かせた花 「園芸学部だからできること」

地方 地方

記事詳細

更新

【東日本大震災7年】
宮城・雄勝、千葉大生が咲かせた花 「園芸学部だからできること」

 2月半ばの週末。まだ寒さが残り、時折雪の舞う宮城県石巻市雄勝町の「雄勝ローズファクトリーガーデン」の移転に伴う作業に汗を流す約25人の学生らの姿があった。千葉大大学院園芸学研究科准教授の秋田典子さんと同大園芸学部に所属する学生たちだ。秋田さんは「スキルをいかした復興支援と、被災地で現場をみて、できることを考えてもらうため」と、7年目を迎えた活動の狙いを話す。

 秋田さんは宮城県以外でも同様の活動を学生とともに行ってきた。そうした中、「(東京電力福島第1原発事故の影響が残る福島県以外の)被災者の方の気持ちが前向きになったのは最近。ようやく本当の復興のスタートラインにたった」と感じている。

 被災直後、多くの被災者は生活の再建などに必死で、3年ほど経つとその反動で今度は震災について話すことが負担という印象を受けた。今はそうしたさまざまな感情を乗り越え、学生らと地域住民が一緒に将来をつなぐ活動ができるようになったとみている。

 震災後に太平洋沿岸部の住民は高台移転を余儀なくされ、更地になった浸水エリアの活用が決まっていない場所も少なくない。そこで作ってきたのが「コミュニティーガーデン」だ。

 「花と緑があるので行く理由ができ、作業で一体感が生まれる」と話す。津波でがれきに埋もれ、海水に浸った土地は元のようには使えない。更地ばかりのそうした“茶色の風景”を生まれ変わらせてきた。

                   ◇

 秋田さんが、大規模災害からの復興や都市工学に取り組むきっかけは平成7年の阪神大震災にさかのぼる。大阪府のニュータウンで生まれ育ち、大好きだった神戸の街が一瞬で大きな被害を受けたことに衝撃を受けた。「災害からの復興へ貢献や都市空間づくりを仕事にしたい」と本格的に研究者の道を歩み始めた。

 20年末に千葉大に赴任して、2年余で今度は東日本大震災が発生。都市工学の研究者となっていた秋田さんは「千年に1度の大災害がこの時代に起きた意味を考え、自分にできることを模索して、活動する」と決めたという。

 空いている時間に学生らに呼びかけ、月数回は学生とともに石巻市へ。交通費などは自己負担。だが、続けてきたことで今では、住民だけでなく、行政とも関係を構築し、土地利用検討ワークショップへの参加など、街の再生にも深く関わるようになった。

                   ◇

 活動は学生の進路にも影響を与えるようになった。岩手県出身で入学から6年間参加してきた同大大学院園芸学研究科修士2年の軽石紗貴さん(24)もその一人。軽石さんは沿岸部の出身ではなく津波の被災は免れたが、「漠然と被災地のお手伝いができればと参加したが、復興にはやはり行政の力が大きい」と感じて、4月からは国土交通省で働く。「行政から被災地のために携わっていきたい」と目標をかかげる。

 復興事業で道路が通るため、「雄勝ローズファクトリーガーデン」は移転し、31日に移転先で再びオープンする。季節ごとに色とりどりの花が咲き人が集う空間は、被災者の心を癒やすとともに復興の象徴としてこれからも引き継がれていく。(永田岳彦)

                   ◇

 ◆雄勝ローズファクトリーガーデン

 宮城県石巻市雄勝町で、津波被害で更地になったエリアに千葉大園芸学部の学生らが植栽などをした「コミュニティーガーデン」。被災住民と学生らが一緒に作業をして集える空間となっている。