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徳島・つるぎ高の生徒、洲本城御殿の図面再現 古い絵図分析、CGも披露

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徳島・つるぎ高の生徒、洲本城御殿の図面再現 古い絵図分析、CGも披露

 徳島県立つるぎ高校(つるぎ町)建築クラブの生徒が、古い絵図をもとに洲本城御殿の立体図面などを再現し、御殿の跡地にある洲本市立淡路文化史料館(同市山手)で、「江戸時代後期の洲本城御殿の再現について」として成果を発表した。

 洲本城は三熊山の山上の山城と、ふもとの平城が登り石垣でつながれた珍しい形で、今回はふもとの平城(御殿)の図面を再現。クラブ顧問の岡本和之講師(66)の指導のもと、3年生の部員7人が約1年かけて取り組んできた。

 国文学研究資料館(東京都立川市)などから古い絵図21枚を集め、年代順に建物や道、橋などの移り変わりを分析。建築様式や建物の寸法や畳数なども調べ、1800年ごろの御殿の立面図や平面図をCAD(コンピューター利用設計システム)を使って作成。図面を元に作製したコンピューターグラフィック(CG)も披露された。

 御殿は大坂の陣の功で徳島から淡路入りした蜂須賀家によって築かれ、新たな城下町が整備された。御殿曲輪の中に藩主蜂須賀と城代稲田の屋敷が並ぶ全国的にも珍しい配置で、東西93メートル、南北106メートルと大名並みの規模があったという。

 洲本城は明治初めに廃城となり、御殿も解体されたが、一部が洲本八幡神社に移築されて「金天閣」として残されている。生徒らは金天閣の実測調査も行い、「しつらえや柱の位置などを考えると、御殿の中で最も格式の高かった蜂須賀家の御書院ではないか」と分析した。

 約70人の歴史ファンの前で成果を披露した小椋遙風(はるかぜ)部長(18)は「1年かけてやってきたことが、皆さんに興味を持ってもらえてよかった。図面の制作は今後にも生かせると思います」と話していた。

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