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台湾東部地震の被災者へジャズで恩返ししたい 下関の音楽家・加藤さとる氏

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台湾東部地震の被災者へジャズで恩返ししたい 下関の音楽家・加藤さとる氏

 山口県下関市在住の音楽家、加藤さとる氏(90)が、6日夜に地震が発生した台湾東部で、ジャズの慰問コンサートを計画している。加藤氏は、大きな被害が出た花蓮(ファーリエン)市で曲作りのインスピレーションを得たこともあり、さきの大戦末期に日本に渡った「台湾少年工」らと長年、交流してきた。「私にできる音楽で、恩返しをしたい」と意気込む。 (大森貴弘)

 最初に地震に気付いたのは、妻で歌手の浜崎むつみ氏(76)だった。

 「お父さん、大変よ!」

 7日早朝、スマートフォンで地震に気付き、声を上げた。加藤氏は、すぐにテレビをつけた。画面には大きく傾いたホテルが映っていた。場所は花蓮市内だった。

 昭和59(1984)年、加藤氏は花蓮市を訪れた。台湾出身の女性の自伝を元に作曲中で、イメージ作りが必要だった。花蓮の港などから、「波濤を越えて」という曲ができた。

 思い出の地に、何かできないか-。慰問演奏会を思いついた。

 加藤氏は今年6月2日、下関市生涯学習プラザ(同市細江町)で、卒寿のアニバーサリーコンサートを開催する。加藤氏がジャズバンドを指揮し、妻のむつみ氏がボーカルを担当する。

 このコンサートで義援金を集め、6月中旬を目途に、花蓮市かその周辺で、被災者を招いて演奏会を開く。そのころなら現地も、少しは落ち着いているだろうと考えた。

 まだ計画段階だが、演奏会では「海ゆかば」や「故郷(ふるさと)」「島原の子守歌」など、日本の唱歌や童謡も披露する。

 加藤氏は「ふるさとを愛する思いは、日本も台湾も同じだと思います」と語った。

 ●元少年工とも交流

 台湾を支援する理由は、もう一つある。

 台湾には、さきの大戦中に志願し、軍属として日本にやってきた台湾少年工がいる。

 彼らは旧海軍の軍属として、日本で数学や英語などの教育を受けながら、戦闘機などの生産に携わった。戦後、台湾に送り返されると、「日本帰り」と白い目で見られることもあった。

 それでも、日本を懐かしんだ。密かに集まって、短歌を詠み、互いに披露したという。

 加藤氏は、一人の元少年工の短歌に曲をつけた縁で、平成16年から毎年のように台湾を訪れた。元少年工の集まりに顔を出しては、日本の唱歌を演奏した。

 加藤氏は年を重ね、だんだんと台湾行きが難しくなった。平成27年を最後に、訪問は途絶えている。

 一方、元少年工ら台湾の日本語世代も、高齢化が進む。昨年7月には、この世代の代表的存在で、「愛日家」と自称した蔡(さい)焜(こん)燦(さん)氏が亡くなった。

 蔡氏は生前、自身の葬式では「島原の子守歌」を演奏してほしいと、加藤氏に頼んでいた。だが、加藤氏は訪問できず、収録したCDを送った。

 その後、地震が発生した。加藤氏は今、強い思いに突き動かされている。

 「異国の地で、ひそかに日本を愛し続けてくれた人たちが、確かにいた。今を逃したら、もう彼らの役に立てるチャンスはないんです」

 体調は優れないが、覚悟は決めているという。