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【長崎県名誉県民 松尾敏男展】(1)「廃船」 これが「日本画」なのか

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【長崎県名誉県民 松尾敏男展】
(1)「廃船」 これが「日本画」なのか

 実にでこぼこしている、果たしてこれが日本画なのか。《廃船》を初めて見たときの印象だ。松尾敏男は昭和30年代から40年代にかけて、新しい日本画を模索する中で、画面全体に壁のような厚塗りを施すようになっていた。

 昭和20年代に戦中の国粋主義の反動として起こった日本画滅亡論は、存在そのものを揺るがす大きな事件であった。画家の誰もが、そのあり方について自問自答することを突き付けられたのである。そして若い画家を中心に、油絵に負けない強さを求めてマチエール(絵肌)は重厚さを増していった。

 日本画苦境の時代に画業を開始したことは、後の松尾芸術を決定づけた。「日本画とは何か」という根本的な問いかけは、晩年に至るまで常に頭の中にあった。「日本人の美意識とは何かを、絵を通して探求するのが日本画だと思う」という言葉は、求道者としての松尾の姿勢をよく表している。

 (長崎県美術館 学芸員・森園敦)

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 文化勲章を受章している昭和を代表する画家、松尾敏男の作品を紹介する。

 「長崎県名誉県民 松尾敏男展」は3月11日まで、長崎市にある長崎県美術館で開催。