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陸上・桐生選手のコーチ、土江氏が松江で講演 「東京五輪で日の丸を」

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陸上・桐生選手のコーチ、土江氏が松江で講演 「東京五輪で日の丸を」

 ■「衝突と故障」の4年間振り返る

 陸上男子100メートルの国内最速ランナー、桐生祥秀(よしひで)選手のコーチを務める東洋大陸上競技部の土江寛裕教授(人間科学)が、松江市で講演した。日本人で初めて10秒の壁を破った桐生選手との4年間を「衝突と故障の繰り返しだったが、最後に喜ばせてくれた。本当にいい選手とめぐり会えた」とし、「2年後の東京五輪ではセンターポールに日の丸を」と力を込めた。

 土江氏は、同市で18、19の両日に開かれた全国高体連研究大会に講師として招かれ、「スプリントで世界と戦う」と題して話した。

 桐生選手の東洋大入学と同時期に、陸上競技部・短距離部門のコーチとなった土江氏。昨年9月の全日本インカレで、桐生選手が9秒98で100メートルを制した快挙について「100メートルでの出場を逃した昨夏の世界陸上からの帰国後は練習していない状態が続き、シーズン後半は絶望していた。『無事にゴールしてくれ』という思いだったので驚きだった」と明かした。

 偉業までの道のりを「彼は高校時代に10秒01の記録を出したため異常なまでに注目を集め、期待を一身に背負ってしまった」と回顧。その一方、「彼は思ったことを遠慮なく言い、私は細かいことを言うタイプの指導者。たびたび衝突した」と振り返った。

 2年目は、シーズン初めに追い風参考記録ながら日本人初の9秒台を出したものの、その後の練習中に故障し、日本選手権を欠場。3年目は桐生選手が主体的にトレーニング内容を考え、自らは見守るスタイルに。リオ五輪では400メートルリレーで銀メダルを獲得する一方、100メートルは予選敗退し「お祭り騒ぎの中、実は打ちのめされていた」。

 そして4年目。外国人選手のパワーに立ち向かうためウエートトレーニングを盛り込むとともに、室伏広治さんや村田諒太さんの協力を得てハンマー投げやボクシングの要素も練習に取り入れた。これが奏功し、10秒0台の記録を連発。だが、海外の大会で人生初のフライング失格を喫するなどして歯車が狂い、日本選手権も4位に終わって絶好調から一転、絶望のふちに。そんな状況で臨んだ全日本インカレだったという。

 「仲間と一緒に気楽モードで臨み、『楽しむ』という原点に返れたことが記録につながった」と分析。東京五輪では「目指すのはセンターポールの日の丸。陸上トラック競技でそう堂々と言える時代になった」と感慨深げに話し、桐生選手の決勝出場とメダル獲得に期待を込めた。

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【プロフィル】土江寛裕氏

 つちえ・ひろやす 島根県出雲市平田町出身。県立出雲高などを経て早稲田大大学院博士課程を修了。平成に入り日本を代表するスプリンターとして活躍し、アトランタ、アテネ両五輪に出場した。アテネでは400メートルリレーで4位。平成10年の日本選手権で200メートルを制し、ハンマー投げの室伏重信・広治親子に次いで2組目の同一種目での優勝親子に。その後、日本代表コーチなどを務め、現在は東洋大法学部教授。