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名誉長崎県民の日本画家・故松尾敏男氏「最後の自選展覧会」 県美術館で回顧展

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名誉長崎県民の日本画家・故松尾敏男氏「最後の自選展覧会」 県美術館で回顧展

自宅の庭で絵を描く松尾敏男氏=横浜市、平成19年2月 自宅の庭で絵を描く松尾敏男氏=横浜市、平成19年2月

 長崎出身で昭和を代表する日本画家、松尾敏男氏(1926~2016)の没後、初めてとなる回顧展「長崎県名誉県民 松尾敏男展」(主催=長崎県など、企画協力=産経新聞社)が16日、長崎県美術館(長崎市出島町)で開幕した。松尾氏が生前、「最後の展覧会」を開こうと自らリストアップしていた作品を中心に約60点を展示しており、話題性も十分だ。 (堀口葉子)

 松尾氏は日本画家の横山大観(1868~1958)の直系の孫弟子だ。平成28年に他界するまで70年間、院展に作品を出品し続けた。

 それらを今回、「新しい日本画を志して」「内省的な絵画から写生重視の絵画へ」「現代における日本画の可能性を信じて」「画業の終着点」の4部で構成し、紹介している。

 日本美術院・大観賞を受賞した作品「廃船」(昭和41年)は見どころの一つ。同美術館の所蔵で今回、30年ぶりに一般公開された。

 会場には同賞の受賞作「鳥碑」(昭和43年)と、東京国立近代美術館が所蔵する「樹海」(昭和45年)を加えた3作品が、30年ぶりにそろって展示された。

 松尾氏が平成15年に綿貫民輔衆院議長(当時)の依頼を受けて寄贈し、国会議事堂に飾られた「銅車馬想」(平成10年)や、衆院議長公邸で展示した「翠苑」(同13年)や「彩雨」(同)は初公開となる。

 松尾氏には花鳥風月を題材に選んだ作品が多い。それ以外にもインドや中国、欧州などを自ら訪ね歩き、目に付いた風景を描いたり、肖像画に動物画と、幅広いテーマで絵筆を走らせてきた。

 松尾氏は生前、記者のインタビュー取材に「私は、あくまで一本道を歩き続けている。目の前の風景が変わっても、一期一会を大切にしています」と語っていた。

 その通り、展覧会の会場では、松尾氏の作品の持つ世界観を一望できる。

 松尾氏は自分に厳しく、謙虚な画家だった。「絵は単にきれいに描けても、見る人の心をも動かさなければ、作品だとはいえない」とも語っていた。

 亡くなる1年前、最後の展覧会を開こうと決めていた。作品の多くは所在不明になっていたが、松尾氏本人が所蔵先の全てを覚えていたこともあり今回、多様な作品をそろえることができた。

 16日の回顧展の開幕式では、同美術館の米田耕司館長(72)が松尾氏の遺影を抱きながら「松尾先生が描く作品は、薫り高い牡丹(ぼたん)の花など、実に多彩だった。先生の最後の自選の展覧会をぜひ、多くの人に見てもらいたい」としのんだ。

 松尾氏の長女、由佳さんは「父は日本人にしか描けない日本画を、多くの方に理解してもらおうと生きてきた。父が亡くなっても作品が日本人の心を永遠に届けていってくれると思う」と、しみじみと語った。

 松尾氏の弟子らも数多く駆け付けた。その一人、日本美術院の那波多目(なばため)功一代表理事(84)は感慨深げに作品群に見入った。

 ミイラを描いた作品「樹海」の前に立つと、「このミイラは当初、堅山南風先生から描くのはよした方がいいといわれながらも、松尾先生は意志を貫き、描いた。後日、堅山先生からほめてもらっていたようです」と逸話を明かした。

 回顧展は3月11日まで。開館時間は午前10時~午後8時。休館は1月22日、2月13日、26日。問い合わせは長崎県美術館(電)095・833・2110。

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【プロフィル】松尾敏男

 まつお・としお 大正15(1926)年、長崎市生まれ。17歳で、昭和を代表する日本画家、堅山南風(かたやまなんぷう)に師事する。戦後、新進気鋭の日本画家として活躍し、平成21年、日本美術院理事長。24年、文化勲章受章。25年、長崎県名誉県民になる。28年、90歳で死去。