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幕末・松山とポルトガルつなぐ懐中時計 藩主と領事の親交裏付け

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幕末・松山とポルトガルつなぐ懐中時計 藩主と領事の親交裏付け

 ■愛媛県歴史文化博物館で展示

 ポルトガル領事、ロウレイロが明治4(1871)年に松山藩知事、久松勝成に贈った「星梅鉢紋入(ほしうめばちもんいり)懐中時計」が愛媛県歴史文化博物館(西予市宇和町卯之町)に寄贈された。幕末・維新期の松山藩主とロウレイロ領事の深い親交を裏付ける貴重な史料で、19日から始まるテーマ展で展示される。

 寄贈されたのは18金小型ハーフハンティングケース懐中時計で、直径4・4センチ。ロンドンの時計工房、ジェイムズ・マッケイブ社製の最高グレード品。ふたの中央部は円形の透明ガラスで、開けなくても時刻が分かる構造になっているため、馬上でも扱いやすい。長さ33・3センチの鎖の先には直径2センチの円形コンパス付き温度計が取り付けられている。

 特注品とみられ、ふたの裏などに久松家の家紋「星梅鉢紋」があしらわれている。内ぶたには「松山藩知事 久松隠岐守」、また「Presented by Jose Loureiro」「1871」などの刻印があり、明治4年に贈られたことが分かる。

 松山市の収集家が今年3月、同博物館に寄贈を申し出たという。

 ロウレイロは1858(安政5)年に英国の商社員として来日。1860(万延元)年に在神奈川ポルトガル領事。1862(文久2)年から明治4年まで、在長崎領事を務めた。坂本龍馬の海援隊が使用した「いろは丸」を大洲藩に売却したことで知られている。

 松山藩は1866(慶応2)年、イギリス製の艦船を購入し、軍艦「小芙蓉丸」として運用したが今回、懐中時計にちなんで同博物館が調べたところ、ロウレイロの仲介で購入していたことが確認された。

 松山藩は1857(安政4)年から、幕命で神奈川宿付近の警備を行っており、藩主の勝成が当時、神奈川にいたロウレイロと接点をもった可能性もある。同博物館は今後、2人の交際の状況を調べると共に、離日の際に記念品として贈られたとみられる時計の贈呈の根拠について、資料的な裏付けに取り組む。