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幸徳秋水らの新聞公開 紀北・中村さん寄贈、貴重な121号分 10日から三重県総合博物館

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幸徳秋水らの新聞公開 紀北・中村さん寄贈、貴重な121号分 10日から三重県総合博物館

 ジャーナリストで社会主義者の幸徳秋水(1871~1911年)らが発刊した「平民新聞」「直言」「光」の計121号分が、紀北町の中村孝一さん(70)方で見つかり、県総合博物館MieMuに寄贈された。これほどまとまって見つかるのは珍しいといい、同博物館は「国立国会図書館に収蔵されていない欠番の新聞もあるかもしれない」として調査を進める。

 寄贈されたのは、平民新聞が週刊だった1号から64号までのうち58号分と、日刊の1号分、直言(週刊)31号分、光(月2回刊行)31号分。同博物館は、10日から来年1月28日まで無料展示する。

 幸徳秋水は明治36年に日露戦争に反対するため「平民社」を立ち上げ、11月から10数ページのタブロイド判の「平民新聞」を発行するが、日露は37年2月に開戦。直後の平民新聞は、出征や戦火の様子を特集している。63号までは黒いインクの印刷だが、終巻の64号は全面赤いインクとなっている。

 寄贈された新聞は中村さんの祖父で、旧海山町(現紀北町)長だった隆平氏が購読し保管していた。中村さんの父の謙吉氏の死後、物置の整理をするうちに見つかったという。

 幸徳秋水はキリスト教的社会主義者であったことから、クリスチャンの隆平氏はその思想に共感していた可能性がある。幸徳秋水は三重県南部や和歌山県新宮市を訪れたこともあるといい、新宮市では幸徳秋水らの大逆事件で連座して逮捕された僧侶もいたという。