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【夢を追う】整形外科医・池本和人さん(3) 長州砲を取り戻せ!

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【夢を追う】
整形外科医・池本和人さん(3) 長州砲を取り戻せ!

山口日英協会の設立15周年の会合に、駐日英国大使(左端)を招いた池本さん(右から2人目)ら 山口日英協会の設立15周年の会合に、駐日英国大使(左端)を招いた池本さん(右から2人目)ら

 《平成20年8月、「長州砲」の里帰り展示が、萩博物館で開催された。“地域外交官”として実現に奔走した》

 幕末の下関戦争(1864年)で、長州藩はイギリスを含む4カ国に敗れ、藩の大砲が戦利品として持ち去られました。これが「長州砲」です。

 日英同盟締結100年の節目となった2002(平成14)年に、山口日英協会を設立しました。同盟締結時の首相、桂太郎は萩の出身です。こうした背景もあり、ロンドン郊外の王立大砲博物館に所蔵されていた長州砲の返還運動が盛り上がりました。萩は長州砲の生産地です。「取り返そう!」と声が高まるのは自然でしょう。

 幕末長州科学技術史研究会。通称「幕長研」という民間団体が、萩にあります。ここの藤田洪太郎さんらが中心になって動きました。フランスにあった長州砲では、長府藩主の甲冑と「長期相互貸与」の形で、実質的に返還された例もあったのです。

 でも英国は厳しかった。返還という前例を作ったら、あの国にある文化財はほとんど、返還しないといけなくなってしまいます。

 藤田さんから、日英協会の会長をしていた私に相談がありました。幸い、外務省につてがありました。

 《つてとは、当時の外務事務次官、谷内(やち)正太郎氏だった》

 谷内さんは現在、国家安全保障局(NSS)の局長として世界を飛び回っています。

 谷内さんに初めてお会いしたのは、平成5年10月です。

 子供には生きた英語を学び、世界に目を向けてもらいたい-。そんな思いから、私は「萩市国民外交友の会」を設立し、会長に就任しました。

 外務省って、国外にたくさん拠点はあるけれど、国内にはほぼない。国民に仕事や役割をPRしようと、外郭団体を使ってこうした民間団体を全国につくっていたんです。

 設立記念講演会の講師が、当時外務省の人事課長だった谷内さんでした。「これから必ず偉くなる人だから」。外務省の誰かに言われましたが、本当にその通りになりました。

 でも、講演の中身は全然覚えていない(笑い)。

 当時、萩市は市長選の真っ最中でした。講演会の前日、新人候補だった野村興児さん(後に市長)を乗せた船が岸壁にぶつかった。船頭さんが重傷を負い、私は一晩中治療に追われた。睡眠不足だったから、講演は居眠りしていたんでしょう。

 その後の懇親会で、意気投合しました。酒好きという共通点があったからでしょうか。

 友の会は年に1~2回、外務省の人を呼んで講演会をやっています。谷内さんには、何度か来てもらいました。

 《長州砲返還へ、谷内氏と連絡を取った》

 手を貸してもらえないか頼んだんです。「それは面白い試みだね。やってみましょうよ」。これが返答でした。

 谷内さんは早速、英国大使館の参事官だった水鳥真美さんに連絡をしてくれました。水鳥さんは、藤田さんたちが現地に視察に飛んだとき、案内などアテンドをしてくれました。

 その後、私も何度か外務省に足を運びました。日本政府として、英国に働きかけもしてくれ、ついに1年間の期間限定ではありますが、里帰り展示を実現できました。

 《外交友の会は、今も活動する》

 活発に動いているのは、全国の中でも萩だけかもしれません。

 設立の理念として、教育に役立てたかったので、会員に教育者をたくさん誘っています。

 谷内さんに、中高生向けに講演してもらったこともあります。「子供向けの講演会の経験はないから、緊張するな」なんて冗談半分に漏らしていましたっけ。

 日本外交の最前線を走る方です。その話を聞いた子供が「あぁ、テレビに出ているあの人の話、漠然と覚えているな」と思ってくれれば、十分に意味があります。