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【被災地を歩く】避難解除の飯舘 住民コミュニティー維持へ尽力

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【被災地を歩く】
避難解除の飯舘 住民コミュニティー維持へ尽力

 東京電力福島第1原発事故による避難が今年3月末に一部を除いて解除された福島県飯舘村。避難から6年あまり、住民同士のコミュニティーを維持することは大きな課題の一つだった。村はもちろん、行政区や個人が交流会や集会などを開催し、バラバラの地域に避難する住民同士のつながりを持つ努力を続けてきた。避難解除を契機に終わるものもあれば、これからも続くものもある。

 ◆長泥地区は対象外

 「飯舘は解除されたが、長泥は何も変わらず、心身ともに疲れている」

 長泥地区の区長、鴫原良友さん(66)は10月中旬に福島市の飯坂温泉で開かれた長泥地区の住民集会「長泥行政区研修・交流会」でこう話した。

 帰還困難区域の長泥地区は避難解除の対象外。除染のめども立たず、いつ解除されるかも白紙の状態だ。

 交流会には菅野典雄村長も出席し、長泥地区について、今後は住民が宿泊できる施設「ミニ復興拠点」の整備や、その周辺の除染を行うことを説明した。

 菅野村長は「長泥だけ取り残されるのはやるせない」とした上で、「大熊、双葉、浪江のほかの帰還困難区域があるので、国は長泥だけを(特別にする)という話はない。区域の見直しはなく、復興拠点のみになる」と理解を求めた。

 住民らは除染や地区の環境整備を要望しているが、決まっていることは中心部の環境を整えるということだけだ。ほかの地域で帰村が始まっており、取り残されてしまった長泥の住民の落胆は大きい。

 先行きが不透明なため、避難先に新しい家を建てる住民も多い。しかし、故郷の長泥への思いはいつも持ち続けている。住民同士のつながりも強いため、避難から7年間続いている交流会には90人以上が参加した。

 住民の一人は「週に1度は長泥に戻っている。猫が留守番していて、餌を食べさせに行っている。家の回りを眺めていると頭の中がすっきりしてくる」と故郷への思いを吐露した。

 説明会の後に行われた懇親会では久々に顔を合わせる住民同士で話が盛り上がった。一人一人に話しかけていた鴫原さんは「みんなが集まるこの日が本当に楽しい。いなくなると寂しくなっちゃう。いつまでも続いてほしい」と話した。

 ◆最後の交流会

 11月3日には福島市飯野町にある飯舘村住民が住む仮設住宅で芋煮会「なごみ交流会」が開かれた。この芋煮会は仮設住宅にある直売所「なごみ」の収穫感謝祭として震災後の平成24年から毎年開催されてきた。

 しかし、なごみは来年3月、仮設住宅は再来年3月に閉鎖されるため、今年で最後に。毎年、関東在住のボランティアが大勢参加しており、今年は40人近くが遠方から駆けつけた。

 ボランティアのメンバーは飯舘村に伝わる「さすのみそ」を後世につなぐ「味噌の里親プロジェクト」だ。佐須地区で作られ、原発事故で存続の危機に瀕(ひん)していた「さすのみそ」を伝えていこうと、震災後に始まった。震災前に仕込んだみそを活用した、みそ造りのワークショップを関東各地で続けている。

 最後の交流会では、今年4月に福島で仕込んだ「新・さすのみそ」を使ったキノコ汁やみそおにぎりが振る舞われ、住民とともに味わった。

 仮設住宅での交流会は終了するが、みそづくりは今後も続けていくという。プロジェクト代表の増田レアさんは「私たちはみそを振る舞っていますが、皆さんからいろんなものをいただきました。どこへ行っても皆さんがいるところに引き寄せられていくんだろうなと思います」と話した。(大渡美咲)