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【かながわ美の手帖】鎌倉市鏑木清方記念美術館「清方 江戸東京の美しき面影」展

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【かながわ美の手帖】
鎌倉市鏑木清方記念美術館「清方 江戸東京の美しき面影」展

 ■失われた風景への郷愁 美人画巨匠が描く世俗

 美人画の巨匠として知られた明治生まれの日本画家、鏑木清方(かぶらき・きよかた)。終焉(しゅうえん)の地、鎌倉にある鎌倉市鏑木清方記念美術館で、清方の肉筆画や下絵、版画など約70点を紹介する特別展「清方 江戸東京の美しき面影」が開かれている。江戸の名残をとどめる東京・下町の暮らしを描いた作品や、歌舞伎の演目を題材とした美人画など、世俗を伝える数々の作品を展示している。

 ◆下町情緒伝える

 清方には生涯忘れられない光景があった。江戸から引き継いだ情緒がまだ色濃かった明治初期の東京・下町の町並みだ。特に思い入れが強かったのは幼少期を過ごした築地界隈(かいわい)。庶民の活気が満ち、佃島から渡ってきたイワシ売りの「いわしこーい、いわしこーい」という威勢のいいかけ声が響いていた。

 会場では日本画「鰯(いわし)」の下絵が展示されている。下町の日常風景が題材の作品だ。軒先で女性がイワシ売りの少年とやりとりし、台所にはすり鉢や水つぼ、水をくむひしゃくのようなものが見える。草履が脱ぎ捨てられた玄関や、路地に向かって駆けだす子供が生活感を伝えている。朱と墨の2色の線で描かれた下絵からは、構図が綿密に計算されていることも分かる。

 着物姿の女性が縁側にたたずみ、庭を眺める様子を描いた「秋の色種(いろくさ)」や、晩夏の夕闇に犬を連れて歩く女性を描いた「ゆふ暮」からは、美人画で名をはせた清方の繊細な筆致が見て取れる。温度や湿度、吹く風までもが伝わってきそうな作品だ。

 東京は関東大震災を経て、江戸・明治の風情を失っていく。清方は、失われた光景への憧憬や愛惜の念から筆を取った。同館学芸員の小林美香は「自身の体験や記憶、入念な取材をもとに描いていた。画に残すことで当時の情緒を後世に伝えたいと考えていたようだ」と話している。

 ◆女心巧みに映す

 歌舞伎や能などの舞台演劇を好んだ清方は、演目中の名シーンも数多く絵画に残した。歌舞伎「新版歌祭文(しんぱんうたざいもん)~野崎村」に着想を得た日本画「野崎村」は、国民美術協会第2回展に出品した大作。展示されている下絵は、一部に着色されるなど絵画完成に向けた思考の過程を見ることができる。

 丁稚(でっち)・久松と身分違いの恋に落ちた商家の娘・お染が、逃避行の末、母親に手を引かれて連れ戻される様子。見どころはお染の表情だ。切なさや無情さがにじむ一方で、安堵(あんど)の表情もうかがえる。女性の繊細で複雑な心理を巧みに描きだしている。

 能をもとにした歌舞伎舞踊の演目から描いた「道成寺」は、桜が舞う中で女性が恋心を説く場面。しだれ桜模様の着物や、カブや船が配された帯など、装束が華々しく描かれている。画面中央に描かれた女性の姿勢と視線、着物の形など、構図の安定感が際立つ。

 小林は「展示されている数々の作品から、清方が表現したかった人物の感情、町並みに漂う情緒や郷愁を感じ取っていただきたい」と話している。=敬称略(外崎晃彦)

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 特別展「清方 江戸東京の美しき面影」は鎌倉市鏑木清方記念美術館(鎌倉市雪ノ下1の5の25)で12月3日まで。午前9時から午後5時(入館は午後4時半まで)。月曜日休館。入館料は一般300円ほか。問い合わせは同館((電)0467・23・6405)。

 12月8日以降は、展示を全て入れ替え、清方が正月の風習・風俗を描いた作品を集める企画展「清方と祝う正月」を開く。

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【用語解説】鏑木清方(かぶらき・きよかた)

 明治11(1878)年、東京・神田生まれ。10代で新聞の挿絵を描くなど画業への頭角を現わす。25歳で雑誌「文藝倶楽部」の口絵を飾る。昭和2年、帝展出品の「築地明石町」で帝国美術院賞受賞。21年、疎開先の静岡県御殿場市から鎌倉市材木座に転居。29年、文化勲章受章。同年、同市雪ノ下に転居し、画室を設ける。47年、93歳で死去。