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【衝激の色彩 関谷富貴の軌跡】(1)発見 「心がざわざわ」未発表作品の出現 栃木

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【衝激の色彩 関谷富貴の軌跡】
(1)発見 「心がざわざわ」未発表作品の出現 栃木

 県立美術館(宇都宮市桜)の学芸課長、杉村浩哉さん(59)が、関谷富貴(ふき)(1903~69年)の作品を初めて見たのは平成21年7月だった。40年前に亡くなった主婦が画用紙などに残した絵は、家族や少数の知人以外に見た人はおらず、富貴は美術界で全く無名の女性だった。

 杉村さんは、富貴の夫、関谷陽(よう)(1902~88年)の戦争画を調べるため、富貴の義妹、大田原市の三森テイさんを訪ねていた。陽は戦時中、従軍画家として中国各地を転戦し、戦後は二科展に出品し続けた。杉村さんが調査をひと通り終えると、三森さんは「実はこんな物もあるのですが」。

 陽とは全く違う傾向の約200点の絵を目の当たりにすることになった。杉村さんは「そのときの三森さんの顔は忘れられない」と話す。少し不安そうな顔で、三森さんは「値打ちは分からないけど、富貴さんが好きだから大切に残しておいた」。専門家にその価値を否定されたら、という心配があったのだろう。

 富貴の絵は写実的ではなく、抽象画が大半。鳥や人の顔とみられる絵もきちんとデッサンされたとは思えない。それでも激しい筆致と色彩に心を揺さぶられた。杉村さんは宇都宮に帰る車を運転する1時間半、「このままにはしておけない」という思いに駆られた。

 生前、一切発表されなかった作品なので題名はなく、多くの作品は天地左右の向きが不明。傷みもひどく、修復作業が必要だった。

 同館で作品が公開されたのは発見から2年後の23年4月。企画展「妻の遺(のこ)した秘密の絵 関谷富貴の世界」は東日本大震災直後の不安に満ちた世相の中、反響は熱かった。「心がざわざわする」という感想もあった。杉村さんは「受け付けから呼び出されると、『ひと言、お礼が言いたい』という来館者が何人もいた」と振り返る。

 その後、同館企画展で数点出品されたことはあったが、10月28日に始まった「共鳴する魂 関谷富貴と小山田二郎」(12月24日まで)は6年ぶりに富貴の作品群が並ぶ機会だ。富貴127点、小山田31点の作品が展示されている。

 「内心の表現をためらいなくさらけ出す。どんな色も恐れず使っている」。杉村さんは富貴の作品の特徴をこう解説する。

 なお、同館によると、陽の死去の翌年、平成元年に旧黒羽町で開かれた関谷陽遺作展には富貴の作品が数点展示されていたと記憶する人がいるという。ただ、出品目録には記載がなかった。

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 個人的に富貴の絵を見たのは25年の同館企画展「コレクション万華鏡」と、昨年の「学芸員を展示する」で数点だけだが、見た瞬間に強い衝撃を受けた。何を描いているか全く分からないが、言語で表現できない心の奥底に訴えかけられている感覚だ。抽象画は難しい芸術性を主張しているようで関心を持てる作品は少ないが、それらと似ていても全く違う印象を受けたのが富貴の絵だった。どんな画家だったのか。(水野拓昌)