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【想う~7年目の被災地~10月】福島・富岡 北崎一六さん(70)

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【想う~7年目の被災地~10月】
福島・富岡 北崎一六さん(70)

 ■7年ぶり帰還、来春は古里で桜を 「不安もあるが、幸福感が勝っている」

 東京電力福島第1原発事故で避難区域に指定された古里の福島県富岡町の避難指示が4月、一部解除された。避難先の同県郡山市の仮設住宅を引き払い、来春、原発事故から7年ぶりに帰還する。

 「避難当初は町に帰る気はありませんでした。同居していた当時88歳の父が避難先で古里の現状を伝えるテレビニュースを見て、涙を流しながら『帰りたい』と言っていた姿を目にし、『避難指示が解けたら帰ろう』と決意しました」

 町内の自宅は避難生活の長期化で荒廃が進んだ。

 「空き巣とイノシシに入られ、好き放題荒らされました。家財道具が散乱し、足の踏み場もありません。改修では済まず、解体して新たに家を再建しました」

 町への帰還者は避難指示解除から半年の時点で240人。対象者の2・6%にすぎない。自宅のある集落も対象の35世帯のうち帰還者は6世帯にとどまる。

 「商業施設、病院、学校、仕事先など帰還者を受け入れる生活基盤の整備が不十分。帰還をためらう人が多くてやむを得ないと思います。放射能が怖い、避難先の暮らしが定着したと他の理由も絡み、簡単にはいきません」

 「避難生活が長過ぎました。帰還率の低迷は全てこれに起因します」

 「私のような帰還者は変わり者扱いされますが、それで構いません。そういう人間もいないと、復興は進まないと思っています」

 原発事故前は原発関連の仕事をしていた。その一方で原発事故で家を追われた。同じ原発によって恩恵と損害を受ける。

 「東電は住民の生活を破壊し、罪深いことをしました。半面、それまでは原発によって自分も地域も潤ったのは確か。功罪のバランスを踏まえて発言したり、行動したりしたいと思います」

 衆院選が始まった。候補者は口をそろえて復興をアピールする。

 「ここの仮設住宅はピーク時には128世帯220人が住んでいましたが、今は23世帯38人に減少しました。それに応じて候補者の選挙カーの回る機会が減ったと思います。『票が少ないから』と見切られた気がして残念です」

 古里での新生活は父、妻(67)と3人で再出発する。

 「父の年齢を考えると医療面で不安があり、暮らしの不便さも感じるでしょう。ですが、先祖代々守った土地と家です。古里に帰れる幸福感の方が勝っています」

 富岡町は福島県で指折りの桜の名所がある。夜ノ森の並木。2・2キロの道に420本のソメイヨシノが咲き誇る。

 「町のシンボルです。子供の頃から家族で花見をしました。避難してからも見頃の時は毎年来ています」

 帰還は来年3月。

 開花に間に合う。(伊藤寿行)

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【プロフィル】北崎一六

 きたざき・かずろく 福島県富岡町生まれ。地元の自動車整備会社、商社に勤めた。避難先の仮設住宅で自治会長を務める。「富岡町3・11を語る会」のメンバーで原発事故の語り部活動をしている。