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松阪・中坪遺跡、水田広がる? 奈良時代の導水施設発見

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松阪・中坪遺跡、水田広がる? 奈良時代の導水施設発見

 松阪市立田町の中坪遺跡で、河川から農業用水を導いたと考えられる奈良時代の杭(くい)列が見つかり、県埋蔵文化財センターが発表した。近くには当時、持統天皇の三河行幸にかかわる万葉歌で景観がたたえられた天然の良港「的形(まとかた)」があり、今回の発見で、的形の周辺に水田が広がっていた風景が想像できるという。15日に現地説明会が開かれる。

 同遺跡の調査はほ場整備工事に伴い、平成25年から続けられ、室町時代の屋敷跡と推定される遺構などが発見されている。

 導水施設は約5メートル四方の調査区で見つかった。水深が浅かったとみられる河川跡の底に、円弧を描くような2重の杭列が並び、杭列に添うように丸太3本が横たわっている。

 同センターによると、杭列には河川の流れを二又に分ける役割、丸太には水流をせき止める役割があったと考えられる。周辺は櫛田川下流域のデルタ地帯で、水田に水を引くための施設の可能性が高いという。杭を打ち込んだ砂利の層から奈良時代(8世紀)の土師器(はじき)が出土した。

 遺跡の北東には当時、伊勢湾に面した潟湖(せきこ)の「的形」が広がっていた。女帝の持統天皇の三河行幸(702年)で、女官の舎人(とねりの)娘子(おとめ)が出港地の的形を詠んだ万葉歌に「的形は見るにさやけし」とあり、すがすがしい風景をたたえている。

 調査担当者は「持統天皇が訪れた時代の的形の周辺に、水田が広がっていた風景が想像しやすくなった」と話している。

 現地説明会は午前10時~正午。近鉄櫛田駅下車徒歩約30分。問い合わせは同センター(電)0596・52・7028、当日は現地調査員(電)080・9728・9048。