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南あわじ・木辺遺跡に奈良期の役所跡 須恵器や土器も発見

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南あわじ・木辺遺跡に奈良期の役所跡 須恵器や土器も発見

奈良時代の建物跡が見つかった木辺遺跡=29日、南あわじ市賀集立川瀬 奈良時代の建物跡が見つかった木辺遺跡=29日、南あわじ市賀集立川瀬

 南あわじ市神代国衙から賀集立川瀬にある木辺遺跡で、奈良時代の建物跡8棟などが見つかり、南あわじ市教育委員会は29日、当時の役所にあたる官衙(かんが)跡の一部とみられると発表した。

 同市教委によると、ほ場整備に伴い約2500平方メートルを発掘し、地面に穴を開けて柱を立てる掘立柱(ほったてばしら)建物跡8棟や須恵器、土器などが見つかった。このほかにも弥生時代または中世とみられる建物跡1棟、古墳時代(5~7世紀)の水辺の祭祀(さいし)跡から勾玉(まがたま)や食べ物を盛る高坏(たかつき)などが出土したという。

 掘立柱建物跡では柱穴が口の字型に配置された「側柱(がわばしら)建物」5棟、田の字型の「総柱(そうばしら)建物」3棟が規則的に集まっており、側柱が住居、総柱が倉庫などに利用されていたとみられる。柱穴は直径約70センチと当時の一般的な建物より大きく、南北方向を意識して建てられていることなどから、官衙跡の一部とみられるという。全体が判明した建物の大きさは縦約4メートル、横約6メートルだった。

 同遺跡近くには奈良・平安時代の建物跡や遺物が見つかった「国衙廃寺跡」(神代国衙)、奈良時代の大型建物跡15棟が見つかった「嫁ケ渕遺跡」(賀集立川瀬)などがある。

 奈良・平安時代の行政制度は国、郡、郷(里)で、それぞれ役所にあたる官衙が置かれた。淡路国には津名、三原の2郡があり、木辺遺跡のある三原郡は7郷(里)に分かれていた。今回の調査では役所の本体にあたる建物が見つかっておらず、調査した関西大学大学院非常勤講師の森岡秀人氏は「郷里制下の郷やその下に編成される里の公的施設を含むようで、この地域一帯に広がる官衙ブロックの一角をなす」としている。

 10月1日午後1時半から現地説明会が開催される。問い合わせは同市教委埋蔵文化財調査事務所(電)0799・42・3849。