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子規の命日に市民ら献花 松山で「糸瓜忌」

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子規の命日に市民ら献花 松山で「糸瓜忌」

 松山出身の俳人、正岡子規の命日にあたる19日、松山市道後公園の子規記念博物館で「糸瓜忌(へちまき)-子規追悼の集い」が開かれ、市民約190人が子規の肖像写真に献花し、同館の竹田美喜館長が子規の最後の帰省をテーマに講演を行った。

 子規は明治28年3月、同市に帰省し、俳句結社「松風会」の送別会を受けて日清戦争の従軍記者として出発した。帰国中、病魔に侵され、生死の縁をさまよい、8月27日~10月9日、療養のため同市二番町の夏目漱石の下宿「愚陀佛庵(ぐだぶつあん)」に転がり込み、共同生活を送った。これが子規最後の帰省となった。

 竹田館長は講演で愚陀佛庵時代の子規、漱石と「松風会」の交流を紹介。漱石の俳句が初めて新聞掲載されたのは9月6日で地元の海南新聞だったことや、愚陀佛庵で頻繁に催した句会が、子規に俳句指導者としての目を広げさせたことなどを説明した。同市の60代の男性は「愚陀佛庵は日本文学の宝物ということが再認識できた。きちんと再建し、顕彰しなければならない」と話していた。