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【自慢させろ!わが高校】鹿児島県立甲南高校(下)

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【自慢させろ!わが高校】
鹿児島県立甲南高校(下)

体育祭で「甲南!」と拳を突き上げて飛び上がる生徒 体育祭で「甲南!」と拳を突き上げて飛び上がる生徒

 ■「甲南ジャンプ」伝統の一戦で魅せる 

 高校生活では、日々の勉学に加え、さまざまな学校行事を通じて、生徒の団結力や社会性向上を目指す。甲南高校の名物行事といえば、毎年10月の「薩摩半島縦走」が真っ先に挙げられる。

 東シナ海に臨む鹿児島県枕崎市から、南九州市知覧町までの男子40キロ、女子33キロのコースが舞台だ。行程を通じて、なだらかな上り坂が続く。

 教頭の川上隆博氏(50)は「何事もやり抜く強い心を養うことが目的で始まったと、聞いている。陸上など運動部に属する生徒の中には、歩くのではなく、走り切る猛者もいる」と説明する。

 30年ほど前、鹿児島相互信用金庫副理事長の秋葉重登氏(50)=36期=らが在学中に始まった。

 生徒は午前7時半頃、バスに乗せられた。枕崎市には8時すぎに到着したという。

 「降りろ!」「並べ!」「歩くぞ!」

 こんな感じでスタート。当時は今より距離が長く、ゴールは鹿児島市の平川動物公園だった。距離は50キロはあったという。

 「テニス部の練習で鍛えて、体力はあった方だが、ハードで死ぬかと思った」

 ゴールにたどり着いたのは夕方午後4時頃だった。 「道中、仲間同士の助け合いや思いやりの心が芽生え、同期の結束は強まった。でも、この行事を始めた当時の校長は、人気はなかったです」と笑う。

 鹿児島市の外車販売会社常務、若松久美子氏(42)=44期=も「大変だったが、何とか完走した。社会人になってマラソンを始めたときは、縦走の経験が生きた」と懐かしむ。

 原之園哲哉校長(60)は昨年10月、縦走に参加した。生徒に励まされながら、歩いたという。原之園氏は来年、定年を迎える。その前に今年の縦走も参加しようと、日々、校内を歩く。

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 甲南高校は、鹿児島県立鶴丸高校と長年のライバル関係にある。4月の交流戦「甲(こう)鶴(かく)戦」は、昭和46年から続き、両校生徒が盛り上がる行事だ。

 中でも、応援席で繰り広げる「甲南ジャンプ」は、交流戦の花となっている。

 鹿児島市のリサイクル店運営会社社長、安田憲保氏(41)=46期=は野球部に入り、1年のときから4番を打った。父は元プロ野球選手、安田泰一氏(67)だ。

 3年のときに主将としてチームを率い、甲鶴戦に臨んだ。

 甲鶴戦のフィナーレを飾る野球部の試合に、多くの生徒が応援に駆けつけた。

 「ヒットや点数が入るたび、みんなが『甲南!』と叫びながら、元気よくジャンプする。グラウンドから見た甲南ジャンプの風景は、今も脳裏に浮かぶ」

 試合は敗れたが、思い出はあせない。

 甲南ジャンプは現役生にも引き継がれ、甲鶴戦のほか、運動会でも行われる。生徒に一体感が生まれ、盛り上がる。

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 同窓会活動は、若い卒業生も積極的に参加し、盛り上がっている。

 鹿児島市内で4つの保育園を運営する山鳩福祉会の理事長、外園紗都子氏(43)=44期=は2年前、女性初の総会実行委員長を務めた。

 外園氏の実家は市最北部の川上町で、片道1時間かけて毎日、バスで通学した。

 「部活は入らずに帰宅部でした。自宅と学校を往復し、毎日勉強に励んだ思い出ばかりです」

 当時の夢は小児科医で、医学部進学を希望していた。ところが、進路指導で理系の他の学部の受験を勧められた。これに反発し、文系転向を決意。学校推薦で上智大の文学部新聞学科へ進んだ。

 「先生は国公立大に現役合格させたいと思っていたのでしょう。反発した結果、大学4年間を東京の素晴らしい環境で過ごせてよかった。その恩返しのつもりで、同窓会活動に参加しています」と笑う。

 活動を通じ、同窓会が現役世代の教育や部活動を支えていることを知った。

 「若者の可能性や夢をバックアップする活動が、綿々と受け継がれていることに感動した」

 27年10月末、同窓会に青年部会を新設した。バスツアーや「夜の文化祭」などイベントを企画し、同窓生の業種別連絡帳「甲南ガイド」も制作した。NTTが発行するタウンページの甲南同窓生版といえる。

 「縦(先輩後輩)や横(同期)の関係だけでなく、趣味や地域、職業など斜めでも卒業生をつないでいきたい」

 最近、同窓会関係者の間で、「甲南民族」という言葉が使われ始めたという。歴史の歩みとともに“民族”の輪は広がっていく。 (谷田智恒)

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 次回は大分県立大分舞鶴高校の予定です。