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【静岡・古城をゆく 直虎動乱の渦】直盛と桶狭間の戦い 井伊家を案じ無念の最期 

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【静岡・古城をゆく 直虎動乱の渦】
直盛と桶狭間の戦い 井伊家を案じ無念の最期 

井伊直盛布陣の「巻山」にある案内板=名古屋市緑区有松町 井伊直盛布陣の「巻山」にある案内板=名古屋市緑区有松町

 義元本隊まで約3キロは、谷地形を敵に見つからないように移動し、直前の釜ケ谷までたやすく進めたとしている。「山際迄(まで)御人数寄せられ候の処、俄に急雨石氷を投打つ様(よう)に、敵の輔に打付くる」と信長公記にあるように、進軍は折からの雷雨で、信長は“熱田大明神の神軍”ばりに義元本隊に襲い掛かり、近くに輿(こし)が見つかったため、義元はあっけなく討たれた。

 『桶狭間合戦記』では、松井宗信は幕山、井伊直盛は巻山に布陣していた。現在、直盛が陣を張った場所の案内板には「織田軍に取り巻かれたことから『巻山』と名付けられたと伝わっている」と記してある。しかし、龍潭寺和尚の『南渓系図』の中で「於飯カケニテ打死ス」と伝えるように、遺言を残して殉死したとみるべきだろう。いずれにしても、“直虎”の父、直盛は、井伊家の行く末を案じ、桶狭間で無念の最期を遂げたことは確かなようだ。(静岡古城研究会会長 水野茂)

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