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石見銀山で江戸期の鉱石標本 研究者ら成果報告

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石見銀山で江戸期の鉱石標本 研究者ら成果報告

 世界遺産・石見銀山(島根県大田市)で江戸時代に採掘された鉱石の標本が確認されたのを受け、調査に当たる大阪大総合学術博物館などのチームが26日、同市の石見銀山資料館で研究成果を報告した。研究者らは、当時の鉱石標本自体が極めて珍しい上、約100年にわたって継承された貴重な資料である点を強調。「石見銀山遺跡の文化財的価値を裏付ける物証だ」などと評価している。

 「一見して貴重な標本だと思った」。こう振り返る石薬研究の第一人者、伊藤謙・同博物館特任講師。資料館を訪れた昨冬、展示されていた鉱石標本に目を見張り、その場で仲野義文館長に調査を申し出た。そして、同博物館研究員でもある石橋隆・益富地学会館研究員に声をかけ、詳細な調査・分析を始めたという。

 標本は、31センチ×22センチの木箱を24のマス目に仕切って1つずつ和紙に包んで入れられ、箱は3段重ねにされていた。58点のうち、包まれていたのは24点。紙には当時の鉱石名をはじめ、採取場所や人物、年月日、鉱石の品位などが墨書されており、石橋さんたちは標本の分析と並行して文字も読み解いていった。

 「江戸時代の鉱石標本自体が珍しいのに、文字情報が付随する極めて貴重な資料だ」。石橋さんは「●」と「黄銅鉱」、「六方」と「針銀鉱」など、紙に書かれた鉱石名と現在の鉱物種名を結びつけた。

 木箱が保管されていたのは、採掘の技術者「山師」の中でも重要な「山組頭(やまくみがしら)」や、銀山町の運営に当たる「町年寄」を務めていた高橋家の旧家屋だった。標本は、天保2(1831)年から大正5(1916)年までのものがあり、100年近く使われ、補充されてきたことがうかがえる。

 「これまで遺構や建造物が調査・研究の中心で、こうした資料は注目されなかった」と仲野館長。「今後10年間の研究を方向付けるこの標本を緻密に研究し、歴史に偏らない多様な学習に結びつけたい」と話す。

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 石見銀山資料館では、世界遺産登録10周年を記念して7月14日~9月3日に開く特別展で、標本の一部を特別公開する。その後は、チームなどでの詳細な調査を経て、標本の常設展示を検討している。

●=金へんに白