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ペリリュー島で戦没、旧日本兵の日章旗帰還 「平和学習に活用を」水戸市へ寄付

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ペリリュー島で戦没、旧日本兵の日章旗帰還 「平和学習に活用を」水戸市へ寄付

 ■遺族「胸いっぱい」

 先の大戦で戦死した水戸市出身の旧日本兵、白石義雄さん(享年23)が戦場で持っていた日章旗が18日、遺族の元へ戻った。戦地から日章旗を持ち帰った元米兵の遺族が、旧日本兵の遺品の返還活動を行う米国の民間非営利団体(NPO)を通じて返還した。白石さんのいとこで、同市城東の石田恒子さん(86)は「胸がいっぱい」と喜んだ。日章旗は平和学習などに役立ててもらおうと、同市に寄付された。(上村茉由)

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 「義雄さんが帰ってきたみたい。とてもうれしい」

 同市役所で行われた返還式で、県遺族連合会から日章旗を受け取った石田さんは感激した様子でこう語った。

 元米兵の遺族で米オハイオ州在住のメアリー・ブラウンさんが、米国のNPO団体「OBON SOCIETY」に日本の遺族への返還を依頼したことから、日章旗の持ち主が白石さんと判明し、返還に至った。

 白石さんは同市城東(旧荒神町)出身。昭和17年に陸軍に入って満州へと渡り、19年4月に水戸第二連隊としてパラオに入営した。日章旗はその際に贈られたもので、大きく「祝入営 白石義雄君」と書かれた周りに70人ほどの署名が寄せられている。白石さんは同年12月31日、日米両軍が死闘を繰り広げた激戦の地、ペリリュー島で戦没した。

 白石さんは満州へと向かう前、当時小学生だった石田さんと2人で市内の写真館を訪れた。「恒ちゃんと2人で撮りたい」と誘われ、一緒に記念写真を撮ったという。今ではその写真が、唯一白石さんの面影を伝える。

 石田さんは「優しくて兄のようだった。口数は少ない人で、もっとお話ししたかったけれど…」と振り返る。水戸駅で小旗を振り、満州に旅立つ白石さんを見送った。

 遺族側は日章旗を平和の尊さを伝える資料とすることを希望し、同市へ寄付した。高橋靖市長は「70年の時を超えて戻ってきた意義を大切にしたい」と述べ、同市平和記念館での展示など活用法を検討する考えを示した。