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“幻の学校”鎌倉アカデミア、来月映画公開 神奈川

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“幻の学校”鎌倉アカデミア、来月映画公開 神奈川

 戦後間もない昭和21年、鎌倉市の光明寺を仮校舎として、映画監督の鈴木清順をはじめ、作曲家のいずみたくや、作家の山口瞳ら多くの才能を生み出した私立学校「鎌倉アカデミア」。わずか4年半で閉校した“幻の学校”の姿を描いた映画「鎌倉アカデミア 青の時代」が完成し、5月に鎌倉市内で公開される。作品を手がけた映画監督の大嶋拓さん(54)は「自由な気風に満ちたアカデミアの精神は、戦後日本にどのような影響を与え、現代に息づいているのか。作品を通じて考えてもらいたい」と話している。

 鎌倉アカデミアは哲学者の三枝博音(ひろと)を校長に迎え、教授陣には作家の高見順や、歌人の吉野秀雄ら著名人を擁し、演劇、文学、映画などを学ぶ私立学校として21年5月、戦火を逃れた鎌倉市材木座の光明寺を仮校舎として開校した。

 ■課せられた責務

 資金難からわずか4年半で幕を下ろしたが、タレントの前田武彦や、影絵劇団「かかし座」など数多くの人材を輩出し、戦後日本の芸能・文化を牽引(けんいん)する役割を担った。

 大嶋さんは、アカデミア存続のために奔走した演劇科教授の青江舜二郎の長男。制作の背景について「閉校から約70年が経過し、当時の様子を知る人も少なくなった。アカデミアを記録することが、自らに課せられた責務と感じて取り組んだ」と語る。

 □「自由や教育の意義に思い巡らせて」 

 幼少時には、アカデミアのOBらが足繁く自宅を訪れ、にぎやかに父親と歓談するのが日常風景で、「(OBらが)終生心のよりどころとしていた鎌倉アカデミアとはどんな学校だったのか」との思いが、創作の原点にあった。アカデミアに関する書籍は数冊あるものの、映像作品は存在せず、「何とかして世に残そう」と思い立ったという。

 作品では、平成18年5月に光明寺で開かれたアカデミアの創立60周年記念祭を皮切りに、足かけ10年にわたって、20人を超す関係者のインタビューを行っている。

 ■次々と他界…

 アカデミアでの濃密な日々を、熱っぽく語るOBの姿を記録しながら、その歴史をひもといている。その中には、今年2月に他界した鈴木清順の最後のインタビューも収録。インタビューを受けた人々も次々と他界するなど、証言者は年々少なくなっており、「時の流れの無情さを感じた」と振り返る。

 アカデミアについて大嶋さんは「終戦直後という混沌とした時代だからこそ、奇跡的に生まれた学校だったのでは」と推察したうえで、「教師と学生が同じ目線で自由を探求するという理想を掲げたが、時代に翻弄された。しかし、その志は後世に受け継がれている」と語り、「自由や教育の意義などについて思いを巡らせてもらえれば」と話している。

 「鎌倉アカデミア 青の時代」は5月14日午後1時半から、鎌倉市川喜多映画記念館(同市雪ノ下)で上映される。問い合わせは同館(電)0467・23・2500。同20~26日には東京・新宿の「K’s cinema」でも、午後0時半から上映される。問い合わせは同施設(電)03・3352・2471。

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【用語解説】鎌倉アカデミア

 昭和21年、鎌倉市材木座の光明寺を仮校舎として開校した私立学校。学科は、文学科、産業科(経営科)、演劇科、映画科の4学科で「自由大学」とも称されたが、資金難により、わずか4年半で閉校。その自由な気風の教育方針は多くの若き才能を輩出した。開校から半世紀を経た平成8年、光明寺境内に記念碑が建立された。