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熊本城 飯田丸五階櫓「奇跡の一本石垣」解体へ

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熊本城 飯田丸五階櫓「奇跡の一本石垣」解体へ

 熊本地震で大きな被害を受け、その姿から「奇跡の一本石垣」として知られた熊本城飯田丸五階櫓について、大林組と熊本市が、石垣の復旧方針を固めた。倒壊防止の工事を施した上で、いったん解体し、石垣を積み直す。(谷田智恒)

                   ◇

 「きちんと修復するには、仕方がないですね。早く楽にさせてあげてほしいとも思う」

 櫓を真正面に望む日本料理店「城見櫓」の運営会社社長、林祥増氏(53)は感慨深そうに語った。

 飯田丸五階櫓は、昨年4月16日の本震で石垣が大きく崩落した。一筋の石組みが、建物を支えている状態になった。その様子は「奇跡の一本石垣」と呼ばれ、被災者を励ました。

 林氏も踏ん張る一本石垣に勇気づけられた。

 地震で店が入るビルは被害を受け、営業停止に追い込まれた。創業者である父は、店を廃業した。

 だが、林氏は諦めきれなかった。

 「従業員の生活もあり、踏ん張らねばと思った。あの石垣のように…」

 新しい運営会社を設立し、店再建にこぎ着けた。「私と同じように、あの櫓に勇気づけられた人は多いんじゃないでしょうか」と語った。

 飯田丸五階櫓は天守閣の南西に位置する。西南戦争で熊本城が戦場となる前に、陸軍に破却された。平成17年に木造で復元された。

 だが、昨年の地震で城は大きな被害を受けた。

 大林組が、難しい再建作業を担うことになった。同社は昭和35年の天守閣再建や平成になっての本丸御殿復元工事も手がけた。

 市の推定では、一本石垣には17~18トンの重量がかかっている。しかも石垣が支えているのは、柱ではなく、壁の部分だ。15本あった柱の基礎は、半分以上崩壊した。建物全体が崩れなかったのは、天井や内部の木組みが頑丈だからという。

 まず、倒壊防止の応急工事が必要だった。

 史跡保護のため崩壊を免れた石垣や、地盤を変質させることはできない。こうした制約の中、当初、地盤から鉄骨を斜めに差し込んで、櫓を支える方法が考えられた。だが、この手法では、櫓の中央部にある柱を支えられないと、わかった。

 新たに出たアイデアが、櫓全体を、巨大な「鉄の腕」で抱え込む工法だった。

 櫓から離れた場所で、全長約33メートル、高さ約14メートル、奥行き約6メートルの鉄骨の台を組み上げた。油圧ジャッキと地面に敷いたレールを使い、櫓へ移動させ、「鉄の腕」で櫓を抱え込んだ。

 綿密な計画のもと、応急工事は無事、終了した。日本の土木技術の高さに、関係者から驚嘆の声が上がった。

 大林組CSR室広報部の担当者は「現場で職人が知恵を出し合い、土日もなく頑張った。引き続き一丸で復旧工事に邁進(まいしん)する」と話した。

 大林組がまとめた技術提案書によると、6月頃から石垣下側の地面から新たに倒壊防止の台を組み上げ、櫓の建物を安定させる。その後、「鉄の腕」を撤去する。櫓を解体した後、一本石垣を解体し、石垣全体を再び積み上げる。

 32年3月までに石垣全体の復旧を目指すという。

 今月5日、熊本城復旧工事の安全祈願祭が、城内の加藤神社で挙行された。熊本市の大西一史市長は「傷ついた熊本が、復興に向かう歴史的な第一歩だ」とあいさつした。

 一本石垣は被災者を勇気づけてきた。復旧工事で姿を消しても、その雄姿は長く人々の脳裏に刻まれる。