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戦争体験、歌とともに語り継ぐ 歌唱サークルの吉川さんら「次世代に思い伝えたい」 香川

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戦争体験、歌とともに語り継ぐ 歌唱サークルの吉川さんら「次世代に思い伝えたい」 香川

 香川県丸亀市綾歌町で、自前の舞台で合唱などに取り組んでいる歌唱サークル「てん てまり」が、薄れゆく戦争の記憶を次世代へ引き継ごうと、当時の歌に合わせて戦争体験を語るステージを30日に開く。戦後72年が経過して初めて自身の体験を語る女性もいる。代表の吉川弘子さん(84)は「悲惨な戦争を繰り返さないために、戦争を知らない世代に体験者の思いを伝えたい」と話している。

 歌唱サークルは、15年ほど前に音楽の好きな元保育士の吉川さんのところへ、地域の歌好きの仲間4、5人が寄って始まった。無理せず自分たちのペースで童謡や唱歌を歌うスタイルが仲間を呼び、現在は40代から80代まで約20人が集まる。吉川さんが自宅近くに建てた、地域の人が集える施設「スマイルホール」で月2回の練習と年1回の音楽会を楽しんでいる。

 戦争体験を歌とともに語るステージは「あの頃の私たち」と題して、30日の音楽会の中程で約20分かけて行う。5人の戦争体験者のエピソードを、軍歌「戦友」や戦災孤児を歌った「鐘の鳴る丘」などの歌を織り交ぜながら語る。

 父親が朝鮮半島にあった鉄道会社に勤務していた、まんのう町の松崎彰子さん(86)は、15歳の時、終戦を平壌で迎えた。10カ月の難民生活を送り、38度線を越えた体験を語る。

 《ソ連軍に占領された元日本軍官舎で洗濯や掃除をして小銭をもらっていた。もらえない時はゴミ箱から野菜やパンを持ち帰り、家族で分け合って命をつないだ。一番つらかったのは、難民生活中に生まれた弟のこと。母親が栄養失調状態のため乳が出ず、産声をあげることなくわずか20日で亡くなった》

 松崎さんは「何もしてあげられなかった弟のことを思うとつらい」と話した。

 昭和20年7月4日の高松空襲を生き延びた高松市の辻恵美子さん(79)はケジメと思い、初めて当時の体験を語る。

 《小学2年だった。逃げ惑う人の波に流されながらも家族で1枚の布団をかぶり、国民学校の運動場まで逃げた。翌朝見た教室には、この世のものとは思えない光景が広がっていた。多くの子供や大人の遺体が運び込まれていた》

 教室で見た光景が今もまだ目に焼き付いて離れないという辻さんは「あの時の自分とお別れして前に進みたかったんです。話す機会をいただけてありがたい」と話し、練習に取り組んでいる。

 吉川さんは「戦争体験者は、伝えていかなければいけないと思う。戦後世代に聞いてもらい、少しでも当時の悲惨な状況をわかってもらえれば」と話している。

 音楽会「第9回みどりの風コンサート」は30日午後1時半開演。会場は丸亀市綾歌町のスマイルホール。問い合わせは吉川さん(電)0877・86・3122。