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【黄金の塔の国ミャンマーを行く】(1)水道支援

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【黄金の塔の国ミャンマーを行く】
(1)水道支援

ヤンゴン市で水供給の技術支援を行う松岡賢さん(中央)=2013年1月 ヤンゴン市で水供給の技術支援を行う松岡賢さん(中央)=2013年1月

 ■「豊富できれいな水を届けたい」福岡市職員発想の転換で高評価

 ■「2040年にヤンゴンの普及率80%に」

 「ここに水道メーターを付けちゃいましょう。水が盗まれているのに、見て見ぬふりをするわけにもいかないですからね」

 福岡から南西に4500キロ。ミャンマー最大の都市、ヤンゴン市郊外で、福岡市水道局の松岡賢氏(38)はこう語った。真剣なまなざしで聞いていたのは、ヤンゴン市の職員だった。

 日本ではまずありえないことが起きていた。地下に埋設されているはずの鋼製の水道管(直径1・4メートル)が60キロにわたり、地上にむき出しになっていた。

 その継ぎ目に穴が開けられ、無理やりパイプが差し込まれていた。住民が勝手に水を盗んでいたのだ。

 ミャンマーの水道管は独立前の英国統治下に整備されたものの、老朽化が著しい。

 古くなり、さびついた管からの漏水やメーター故障ばかりか、盗水の被害が深刻化していた。

 貯水池から送られた水の、実に66%分は料金が徴収できない状態だった。

 「水はただではないということを、理解してもらうのは難しい。盗まれるのを見逃すわけにはいきませんが、かといって、必要な水をむげに取り上げるわけにもいかない。そんなジレンマがありました」

 そこであることがひらめいた。発想の転換だ。

 盗みを強制的に止めさせるのではなく、違法に設置されたパイプに水道メーターを取り付け、料金を徴収するようにした。効果はてきめんだった。

 ヤンゴンに住む510万人のうち、現在、水道の恩恵を受けるのは4割以下の190万人にとどまる。

 インド洋に面した港湾都市で、井戸を掘っても塩分を含み、飲用に適さない水が出てしまう。

 今後の都市化を考えれば、水道の整備は急務だった。ミャンマー政府は日本側にSOSを送った。

 松岡氏は国際協力機構(JICA)技術専門家の肩書で、2012年春から3年間の任期でヤンゴンに派遣された。

 「まず、水供給の実態を確かめる必要があるな」

 早朝から、水道管の上を毎日7キロずつ歩いた。日が昇れば気温は40度にもなる。額に玉のような汗を浮かべながら、GPS機能の付いたカメラで盗水パイプなどを撮影し、場所を地図に落とした。

 約70キロ離れた貯水池から、配水の中継地点である配水池までに、半分もの水が失われていた。

 報告を受けたヤンゴン市幹部は、衝撃を受けた。

 「何とかしてほしい」。

 松岡氏の双肩に、水道インフラの建て直しの期待がかけられた。

 ◆まずは地図作り

 福岡市の漏水率は2%程度に過ぎない。

 昭和53年、大渇水に見舞われ、287日間もの給水制限があった。それを教訓に、水の安定供給システムの構築を急ぎ、節水型都市づくりを目指した。

 松岡氏は、福岡市が培った技術をヤンゴン市に伝えることにした。

 現状を把握し、市当局と情報の共有を図った。大小の水道管の埋設場所を調べ、管の口径ごとに色分けして地図に書き入れた。市職員に加え、地域の住民代表の話も聞き、やっとの思いで地図を作り上げた。

 漏水箇所を示すシールを貼ると、緊急性の高い場所から修復に取りかかった。

 料金徴収の効率を上げようと、利用者情報のデータベース化にも着手した。現地のデータはすべて紙に書かれており、手作業で取り組んだ。

 郊外のあるエリアの300戸を、水道改革のモデル地区に定めた。

 太い配水管から、細い管で水を引いていたが、水圧が低かった。蛇口をひねってもチョロチョロと夜間しか水は出ない。住民は夜通し地下のタンクに水をためた。この水をポンプで屋上の水槽にくみ上げて、昼間に水を使っていた。

 松岡氏は適切な口径の配水管網を設計した。水圧を適正にし、日本製の水道メーターも取り付けた。ポンプを使わず、24時間いつでも水が使えるようにした。

 住民のミャさん(72)は「メーターのフィルターにゴミが詰まることもなくなった。感謝の言葉しかないですね」と顔をほころばせた。

 このモデル地域だけで、年間400万円分の水道料金増収を実現した。

 ヤンゴン市はこの事業を「松岡プロジェクト」と呼び、他のエリアでも参考にした。

 松岡氏の功績は、広く知られるようになった。

 2014年には、地元の日本人学校の副教材でも紹介された。「安全で豊富な水道水を市民に適切に提供したい」。松岡氏の熱い思いがつづられた。

 松岡氏の思いは現在、同じ水道局職員の渡辺桂三氏(41)が受け継ぐ。

 2人の指導もあり、ヤンゴン市職員の意識改革が進んだ。今では何も指示しなくても、水道管を交換している。インフラ維持に欠かせない、持続的な保守管理が実現した。

 水道事業支援を通じて、関係が良好になったこともあり、福岡市とヤンゴン市は昨年12月、姉妹都市となった。 

 ◆ビジネスの可能性

 一方、JICAの支援で新たな浄水場などハード整備も進む。

 ヤンゴン市には、フランスやフィリピンからも、水道整備の支援チームが入っている。

 ただ、それぞれの国の基準で水道施設を整備すれば、モザイク状態となり、将来の維持管理が困難になる。

 渡辺氏は他国関係者との調整にも乗り出した。

 「2040年には、市内の80%にきれいな水が届くようにしたい。決して夢では終わらせません」。渡辺氏はこう語った。

 こうした水道支援には、ビジネスとしての可能性もある。福岡市は、市内企業の参入を促す。

 総合建設コンサルタント業「大建」(早良区)は、公共施設の地下に水をためるシステム「ためとっと」を開発した。ミャンマーの乾期(11~4月)に生活用水をまかなえる仕組みだ。

 3年前にラオスの小学校などで設置し、乾期でも4カ月間使えた。その技術力を引っさげ、ミャンマーを視察した。

 同社は、ヤンゴン市南部にあるチャイナタウンでの事業化を狙う。

 ヤンゴン市のよりよい水道サービス実現へ、官民がそれぞれ模索を続ける。

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 ミャンマーは軍政から民政に移管され、経済成長も高く、東南アジアの「ラスト・フロンティア」と注目される。その最大の都市で「夢」を実現しようと奮闘する人々の姿を追った。

 (九州総局 村上智博)

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【用語解説】ミャンマー

 国土面積は日本の1.8倍の68万平方キロメートル。人口5141万人(2014年)。国民の7割をビルマ族が占めるが、100を上回る少数民族がいる。仏教徒が多く、主な産業は農業。19世紀からイギリス支配下となったが、アウンサン将軍らが1948年に独立を果たした。2011年に軍政から民政に移管し、16年にはアウンサン将軍の長女、アウンサン・スー・チー氏を事実上のトップとする政権が生まれた。親日的な国民が多いとされる。ミャンマー在住の日本人は1367人(2014年)。日本との時差は2時間半。

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【用語解説】ヤンゴン市

 ミャンマーの旧首都。港湾都市で、仏教の聖地としても発展した。人口は521万人(2014年)で国内最大。面積は598平方キロメートル。ビルマ族によるコンバウン朝の王が1755年、この地を占領し、「戦いの終わり」との意味を持つヤンゴンと称した。英国統治下以降、ラングーンと呼ばれたが、1989年に国名がビルマから変更される際に、ヤンゴンにかわった。2006年、首都は北に約350キロのネピドーに移った。