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小田原、鎌倉にもかつて御用邸 皇室との深い縁 改めて浮かぶ

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小田原、鎌倉にもかつて御用邸 皇室との深い縁 改めて浮かぶ

 現存する葉山御用邸(葉山町)以外にも、いくつも皇室の御用邸が県内にはあった事実を紙面で紹介してきたが、実はほかにも神奈川には御用邸がかつて存在していた。小田原御用邸(小田原市)と鎌倉御用邸(鎌倉市)だ。具体的にどのように使用されていたのかを、『昭和天皇実録』などの記述でひもとく。

 天皇、皇后両陛下が静養で利用される葉山御用邸以外にも、戦前には御用邸が県内にはいくつもあった。横浜港を見渡す伊勢山中腹に位置し、明治天皇が愛した横浜御用邸や、現在では富士屋ホテルの和風別館「菊華荘」として使用されている箱根町宮ノ下の宮ノ下御用邸、そして昭和初期に現在の三浦市内に建設が計画されながら、恐慌によって頓挫した幻の御用邸「初声(はっせ)御用邸」をこれまで紹介してきた。

 ◆関東大震災で

 小田原御用邸は、小田原城の二の丸御殿跡に明治34(1901)年、創設された。現在の「二の丸広場」にあたる。しかし、大正12(1923)年の関東大震災で大破し、昭和5年に廃止された。

 昭和天皇実録にも明治から大正にかけて、頻繁に記述が出てくる。最初の記載は明治35年1月13日だ。「午後、大磯停車場にお成りになり、小田原御用邸へ旅行途次の昌子内親王・房子内親王と御対顔になる」とある。昌子内親王と房子内親王はともに明治天皇の皇女子だ。

 43年7月8日には、「本日より、御避暑のため雍仁(やすひと)親王・宣仁親王と共に小田原御用邸に御滞在になる。(中略)小田原御用邸御滞在中の三親王の御日課は、概(おおむ)ね午前六時御起床、同三十分御朝餐(さん)、七時三十分より九時まで御運動、九時三十分より十時三十分まで御復習、正午御昼餐、午後四時より五時三十分まで御運動、その後御入浴を済まされて六時御夕餐、八時御就寝とされる」と記載されている。

 大正4年2月27日には、「午後一時五十分、小田原御用邸に御到着になる。雍仁親王・宣仁親王と御対顔後、御一緒に庭内の御散歩、双六(すごろく)遊びなどをされて過ごされる」とある。

 また、8年5月10日の夜には、「小田原大火」などと呼ばれる大きな火災があったが、同12日の報知新聞には、「小田原御用邸 閑院宮御別邸は風上とて全く御安全なりき」と記されており、難を逃れたことが分かる。

 しかし結局、関東大震災で大きな被害を受け、廃止となるのだが、その被災の様子は12年9月8日の大阪朝日新聞の記事にある。「小田原御用邸、裁判所、郡役所、警察署等も半壊した 地盤の亀裂は駅前から幸町通り 小田原御用邸の濠(ほり)端が最も凄(すご)く 三尺以上割れている所、六尺位(くらい)埋没して崖をなしている所もある」との記述からは、御用邸周辺が受けた震災被害の大きさが見て取れる。

 こうして小田原御用邸は歴史的役割を終えたのだった。一方、鎌倉御用邸は、現在の鎌倉市立御成小学校や同市役所がある所に設置されていた。総面積は約6万平方メートルに及んだという。幼少期の明治天皇の皇女子のために、明治32年に東京・麻布の殿舎を移築してつくられたという鎌倉御用邸は、やはり関東大震災で大きな被害を受け、昭和6年に廃止となっている。

 ◆頻繁に利用

 昭和天皇実録では、小田原御用邸同様、明治から大正にかけて、記述が散見される。明治39年9月7日には、「午後は長谷の大仏・観音等を見物の御予定のところ、雨天のため中止され、鎌倉御用邸内でお遊びの後、午後三時四十分御帰還になる」との記載がある。

 41年8月17日には、「鎌倉宮を参拝され、土牢・護良親王木像などを御覧になる。鎌倉御用邸にて御昼食の後、高徳院にお成りになり、大仏胎内を拝観される」とあり、以前、紹介した鎌倉に眠る後醍醐天皇の子息による“非業の死”との接点も浮かぶ。

 大正2年7月27日は、「鎌倉御用邸に滞在中の雍仁親王・宣仁親王を御訪問になる。午前七時十分新橋停車場発の臨時列車に御乗車になり、鎌倉停車場より人力車にて、八時三十八分鎌倉御用邸に到着される。雍仁親王・宣仁親王と御昼餐を御会食になり、邸内・御庭等にてお遊びになる。午後四時四十分鎌倉停車場発の臨時列車にて還啓される」などと記されており、この頃は秩父宮と高松宮が頻繁に、鎌倉御用邸を利用していたことがよく分かる。

 ◆最も多く設置

 現存する那須御用邸(栃木県那須町)や、廃止された田母沢御用邸(同日光市)など4つの御用邸があった栃木や、現存する須崎御用邸(静岡県下田市須崎)や、廃止された沼津御用邸(同沼津市)など4つの御用邸が設置された静岡を上回り、5つの御用邸があった神奈川は、旧宮家の別邸跡なども多く、皇室との縁が深いことが改めて分かる。

 ある宮内庁関係者は「東京の皇居(宮城(きゅうじょう))からも近く、海があり、山もある神奈川は御用邸用地として最適な条件をそろえていることが、これだけの数の御用邸が設置された背景にあることは、間違いないでしょう」と話している。

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【用語解説】御用邸

 天皇、皇后両陛下や皇族方が静養で使われる宮内庁管理の施設。戦前は全国に合計で10カ所以上あったが、現在は明治27年創設で昭和56年に再建された葉山町の葉山御用邸と、栃木県那須町の那須御用邸、戦後にできた静岡県下田市須崎の須崎御用邸の3カ所がある。

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【用語解説】昭和天皇実録

 明治34年の誕生から昭和64年の崩御まで、昭和天皇の87年にわたる生涯を、宮内庁書陵部が時系列にまとめた唯一の公式記録集。平成2年から24年余りをかけて編纂(へんさん)され、26年8月に全61巻、計約1万2千ページが天皇、皇后両陛下に奉呈(献上)された。

【神奈川の御用邸一覧】

   名称      現自治体  存廃 

〔1〕 横浜御用邸  横浜市   廃止 

〔2〕 葉山御用邸  葉山町   現存 

〔3〕 宮ノ下御用邸 箱根町   廃止 

〔4〕 鎌倉御用邸  鎌倉市   廃止 

〔5〕 小田原御用邸 小田原市  廃止 

(6) 初声御用邸  三浦市   計画のみ