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沢村の豪腕伝説伝えたい 伊勢で記念試合 同期の中西さん、娘と初対面へ

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沢村の豪腕伝説伝えたい 伊勢で記念試合 同期の中西さん、娘と初対面へ

 プロ野球草創期に巨人で活躍した伝説の名投手、故沢村栄治と同年生まれで、同じ陸軍の連隊に入った100歳の男性が鳥羽市で暮らしている。沢村の故郷、伊勢市で22日に開催される巨人-日本ハムのオープン戦は沢村の生誕100周年記念試合。男性はその日、沢村の一人娘で愛媛県八幡浜市の酒井美緒さん(72)と初対面する。

 男性は大正6(1917)年生まれの中西時次郎さん。全員が沢村の背番号14をつけて22日の試合に臨む巨人が、2人を招待した。酒井さんは生後5カ月足らずで、父の栄治を戦争で失った。中西さんは「お父さんの顔を知らんなんてかわいそう。話せることは何でも話したい」と心待ちにする。

 沢村と出会った瞬間を覚えている。昭和13(1938)年に陸軍入隊後、広島から中国へ向かう輸送船上だった。一緒に将校に食事を運ぶ際、「おまえは鳥羽出身か。わしは伊勢だ」と声をかけられた。

 「筋肉モリモリで、大きな体をしていた。さすが野球選手だと思った」。親戚から「同期入隊に有名人の沢村がいる。わしらが10メートルしか投げられない手りゅう弾を50~60メートルは投げる」と聞かされていた。

 互いを「栄ちゃん」「時やん」と呼び、会話をした日々を覚えている。

 ある日、「わしらはいつ死ぬか分からんのう」と話を向けると沢村は何も答えなかったという。沢村はその後、昭和19年12月に台湾沖で戦死、中西さんは日本で終戦を迎えた。

 沢村との出会いをきっかけに巨人のファンになった。「プレーも実際に見てみたかった。生きていれば監督になれたと思う。日本の宝を戦地にやらなくてもよかった。戦争は悲惨だし、絶対にしたらあかん」

 22日は、伊勢市の沢村の墓に手を合わせてから球場に向かうつもりだ。