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【NIE先生のなるほどコラム】152時間目 卒業式に思う

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【NIE先生のなるほどコラム】
152時間目 卒業式に思う

 ■浅知恵だった西暦表記の証書

 年度末の3月は学校にとっては卒業シーズン。卒業式というと私には在職中の印象深い思い出があって、元号と西暦をめぐり考えさせられたものです。

 小中学校の児童や生徒は、学校の全課程を修了したことを認定された後、学校長から卒業証書を授与されます。卒業証書は都道府県や市町村の教育委員会が一定の様式を定めている場合や学校長に一任されている場合もあり、一様ではありません。そのため、卒業証書に書かれている卒業生の生年月日や卒業の日付などは、元号表記や西暦表記、さらには元号と西暦を併記したものなど、全国的にみると実は多様な状況にあります。

 群馬県の小中学校の卒業証書は、元号表記を基調としています。一方で、外国籍の児童生徒には、西暦表記による様式の卒業証書を授与している市町村が多くみられます。

 私が勤務していた太田市の小学校では、全校児童の10%にあたる50名ほどが日系ブラジル人らを筆頭にした外国籍児童でした。太田市は、外国籍の児童生徒には西暦表記による様式の卒業証書を作成し、私は氏名と生年月日を毛筆で書いて、卒業式で渡していました。

 ある年、卒業式が終わって数日後のことです。私は卒業した外国籍児童の保護者と、たまたま市内で行き会いました。保護者に卒業への祝意を伝え、しばらく話をしていると、この方は少々困ったような表情を浮かべながら、言いました。

 「受け取った卒業証書が西暦表記になっていて、祖父母が少しがっかりしていた」

 理由を尋ねると、

 「せっかく日本の学校で学び卒業できたのに、日本の伝統である元号で書かれた卒業証書をもらえなかったので」

 と言うのです。

 私は外国籍の方々が内に抱える「多様性」に気付くと同時に、外国籍の児童生徒であれば元号を使う文化や習慣がないと単純に判断し、一律に西暦表記がふさわしいと思っていた自らの狭い見方や考え方を、再考せざるを得ませんでした。

 特に日系ブラジル人で、移民創始期に南米大陸に渡り入植された方々は、まず風呂場をつくって清潔な生活の基盤を築き、次に学校を建てて教育に重きを置きました。さらに神社を建立して祀(まつ)るなど、入植後も日本の文化や伝統を尊重する生き方をされていた。海外移住史関連の書籍などで得ていた、こうした知識も、現在まで「元号」を重んじ尊重している点にまで考えがおよびませんでした。私は、自らの知識の底の浅さ、文化や人間理解の未熟さに気づかされました。

 翻って、ご本家の日本では、どうでしょう。近ごろは天皇陛下の退位について、さまざまな意見が交わされる中、市井の一部にさえ、元号を廃して西暦一本に改めるべきだ、などの意見もみられます。

 そうした意見を耳にするたびに、私は、元号のない卒業証書にがっくりとうなだれたという日系ブラジル人の祖父母の姿を思い起こします。遠く異境の地にあっても日本の伝統を守り、伝承しようとする人々は存在するのです。

 大化から平成に至る元号を大切に守る一方で、グローバル化の時代にあって、外国との交流の中では西暦を使うなど、日本人の持つ合理性や器用さを生かしながら双方を上手に活用していくことが現実的で、ふさわしいことだと思うのです。(石田成人・東京未来大非常勤講師)