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【かながわ美の手帖】そごう美術館「明治から昭和の日本画と洋画 絵画の潮流展」

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【かながわ美の手帖】
そごう美術館「明治から昭和の日本画と洋画 絵画の潮流展」

 ■維新後の絵画史たどる 吸収、受容、確立の作品

 明治から昭和までの約120年間で、日本人が描いた絵画の変遷をみる「明治から昭和の日本画と洋画 絵画の潮流展」がそごう美術館で開かれている。伝統を継承しながらも新しさを求めた日本画家。写実から立体的表現を求め続けた洋画の先人たち。明治から昭和にかけての作品を所蔵する「エール蔵王 島川記念館」(宮城県蔵王町)のコレクションから、その潮流をたどる試みだ。

 ◆内面性を込め

 「明治以降の絵画史をたどるのは初めてでは」。こう話すのは、そごう美術館主任学芸員の大塚保子(61)。明治期に洋画が日本に入り、日本画と洋画は互いに刺激し合う。その中で、これまでになかった文化を受容することを得意とする日本人は、独特の絵画を作り上げていく。

 その過程を含めて大塚は、「吸収、受容、確立」と言う。作家が目にしたものを消化し(=吸収)、時代の変化を自分の中に取り入れ(=受容)、自分なりのスタイルの作品をつくる(=確立)。これを、「その時代、時代の作家はそれぞれ、みなやってきた」と指摘する。

 横山大観の「霊峰不二」に、高橋由一の「江ノ島図」。東京美術学校第1期生として岡倉天心に師事した横山は、1500点以上の富士を描く。「富士を描くのは、富士にうつる自分の心を描くこと」と、自身の内面性を込めた。

 明治初期の洋画家、高橋は、対象に肉薄し精緻に再現する写実描写を追求していく。求めるものは異なるが、それぞれの「吸収、受容、確立」を行っているのだという。

 明治以降、渡仏して新しい技法を学んだ画家も同じだが、逆に、渡欧していない岸田劉生は、あるがままの美を受容して日々成長する麗子の連作を通して、精神性の高い美、内なる美を見つけていった。

 ◆和と洋の融合

 大正から昭和初期にかけて日本画は、西洋絵画の影響を受け、変化していく。西洋美術と東洋美術の融合を目指した村上華岳は大正7年、新しい日本画を創造しようと京都在住の日本画家、土田麦僊らと国画創作協会を結成。「神秘の感じのするものが描きたい」と、村上は自己の内面を見つめ、意識的に色彩を排除し、聖俗を合わせ持つ精神の高みを志向した人間的な仏画に到達する。「観世音菩薩半身尊像」もその一つだ。

 大正13年に渡仏した佐伯祐三は、ヴラマンクにアカデミック過ぎると酷評され、ヴラマンクの激しい表現性、ユトリロの詩情性を学び、自身の美を追求していく。再渡仏後の昭和3年に描いた最晩年作「白い道」は、病床から起き上がり、体力を振り絞って描いたもの。本作は、幾何学的な構図による構築的な力強さがあり、死期を悟っても模索を続けた佐伯を感じることができる。

 展示作品を通して大塚は「パリ滞在時の佐伯も、それぞれ吸収、受容、確立の時代があり、時代から受けるものを吸収、受容し(作品を)生み出していくという、確立までの過程が、どの作品にも見て取れる」としている。 =敬称略

  (柏崎幸三)

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 「明治から昭和の日本画と洋画 絵画の潮流展」は、そごう美術館(横浜市西区高島2の18の1)で4月9日まで。午前10時~午後8時(入館は午後7時半)まで。会期中無休。入館料は大人1千円ほか。問い合わせは、同館(電)045・465・5515。