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橿原・新堂遺跡、椅子や馬の歯も出土 先進文化の集団存在か 奈良盆地の発展解明に期待

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橿原・新堂遺跡、椅子や馬の歯も出土 先進文化の集団存在か 奈良盆地の発展解明に期待

 最古級の5世紀前半の須恵器(すえき)が大量に見つかった橿原市の新堂(しんどう)遺跡。須恵器以外にも椅子や刀装具(とうそうぐ)などの装飾性の高い木製品、同じように大陸からもたらされた馬の骨、歯なども出土した。付近には先進文化を享受した集団がいたとみられ、専門家は「出土資料を分析することで、奈良(盆地)がどのように先進文化を取り入れたか、明らかになる」と注目している。

 調査は、商業施設建設に伴い市教委と橿原考古学研究所が共同で実施。約7千平方メートルを発掘したところ、古墳時代中期の川跡が見つかり、その中から最古級の須恵器や木製品などの大量の遺物が見つかった。

 須恵器は壺、甕(かめ)、高坏、器台など70点以上。朝鮮半島から製法が伝わり、日本でつくられ始めた頃の5世紀前半の最古級品だった。

 調査にあたった市教委文化財課の石坂泰士主査は「朝鮮半島の影響が感じられるものや、そうでないものなど、いろんな種類がある。須恵器を使っていた人たちが渡来系の人たちだった可能性もある」と話す。

 椅子はコウヤマキの一木造りで、高さ約12センチ、幅約35センチ、奥行き約16センチ。祭祀用具と考えられるが、極めて精巧。古墳時代の椅子は全国で数10点あるが、その中でも優美な造りという。

 このほか刀形木製品(長さ約22センチ)や、表面に直弧文(ちょっこもん)と呼ばれる文様があり、漆と朱で装飾された刀装具も出土している。

 さらに注目されるのが、馬の骨と歯。このころ、生駒山麓(さんろく)の大阪側(現在の四條畷市周辺)には大和政権の牧場・牧(まき)があったが、当時はまだ、馬が大陸から日本にもたらされて間もないころ。須恵器や精巧な木製品を使っていた集団は、馬を飼育し、乗り回していたことが想像されるという。

 「橿原周辺はもともと渡来系の遺物が点々と出土する所で、現場周辺に短期操業の須恵器の窯があった可能性がある」と指摘する橿原考古学研究所の青柳泰介・調査第2係長(研究員)は、「須恵器とともに馬の骨も古い資料。馬の中には若い馬もいて、飼育していたと考えられる。木製品を含めて出土資料を詳しく分析することで、奈良盆地がどうやって先進文化を受け入れたのか、橿原周辺に当時の物流センターのような機能があったのか-などが見えてくる」としている。