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【被災地を歩く】福島・富岡町 東京電力旧エネルギー館

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【被災地を歩く】
福島・富岡町 東京電力旧エネルギー館

 ■視察者受け入れ拠点に 復興へ一歩

 風見鶏が付いた時計台が象徴的な、西洋の街並みを思わせる外観-。この中は今、どうなっているのか。気になった。

 東京電力のPR施設だった旧エネルギー館。敷地面積は約1万平方メートルで、野球のグラウンド1面ほどだ。

 福島県の沿岸部を南北に貫く国道6号沿い。放射線量の高い帰還困難区域を除き、今春の避難指示解除を目指す富岡町にある。

 道路を一本挟んだ南側には、ホームセンターやフードコートが先行開業した商業施設「さくらモールとみおか」がある。

 PR施設としての役目は、すでに終えた。今は、廃炉に向けた作業が進む福島第1原発を視察に訪れる人の受け入れ拠点となっている。

 昨年11月末、それまでの拠点だった、楢葉町と広野町にまたがるサッカー施設「Jヴィレッジ」から役目を引き継いだ。

 ■姿を大きく変え

 第1原発からは南に約9キロ。昭和63年7月に開館した2階建ての旧エネルギー館だが、館内はオープン当初とは大きく姿を変えた。

 正面入り口のすぐ奥にあった受付カウンターはなくなり、担当者を呼ぶためのベルが1つ置かれている。その左側にあった「カフェコーナー」は、視察者に第1原発の現状について説明するための部屋に様変わりした。

 館内は原発事故後の5年8カ月の間、人が立ち入らなかったためカビだらけに。拠点機能を移すため、約1カ月で必要最低限の補修を施した。

 カフェの隣にあった調理スペースも器具を取り外し、視察対応に当たる社員らの執務室になった。入り口付近に設けられた、科学について学ぶことができる「ワンダートンネル」は展示物がなくなり、ただの廊下として使われていた。

 原子力発電に関する模型や子供が乗れる電気自動車などがあった1、2階の展示・体感施設は、立ち入れなくなっていた。

 東電によると、旧エネルギー館では現在約30人が勤務。地元住民のほか、自治体や企業関係者、学識者など1日平均50人程度の視察者に対応する。

 「Jヴィレッジからここへ移って来られたことが、復興への一歩だと思うんです」。館内を案内してくれた福島復興本社の浜通り広報グループ、政井信昭さん(40)の言葉には正直な思いがこもっていた。

 ■廃炉まで長い道のり

 「東電は福島を復興させるために生かされている」。同本社代表の石崎芳行さん(63)は常々、この言葉を口にする。原発事故の加害者として、その責任を免れることはない。その後のトラブル対応をめぐっても厳しい非難にさらされる。そんな中、十字架を背負いながら、責任を果たそうとする人が多くいる。

 40年ともいわれる廃炉までの道のりに、確かな前進があることを気付かされた。(野田佑介)