産経ニュース

葉山しおさい公園来春竣工30年 大正天皇崩御・昭和天皇即位の地

地方 地方

記事詳細

更新


葉山しおさい公園来春竣工30年 大正天皇崩御・昭和天皇即位の地

 大正天皇崩御の地であり、昭和天皇が即位(践祚(せんそ))した地でもある葉山町の葉山しおさい公園。大正が終わり、昭和が始まった歴史の転換点の舞台とされるのは、この公園が、大正天皇が病気療養していた葉山御用邸の旧付属邸跡に整備されたものだからだ。同公園が竣工(しゅんこう)してから来春で30年。『昭和天皇実録』の記述で、崩御と即位の歴史的瞬間を振り返る。

 天皇、皇后両陛下が静養で使われる葉山御用邸から北に150メートルほどのところにある葉山しおさい公園。その脇には「大正天皇崩御・昭和天皇皇位継承之地」と記された碑がある。

 昭和天皇実録には、大正天皇崩御前日の大正15年12月24日、当時皇太子だった昭和天皇が「午前九時三十分、皇太子妃と共に(葉山御用邸本邸を)御出門、御徒歩にて附属邸に参邸され、(大正天皇の)看護に当たられる」とある。

 25日には「午前一時二十五分、天皇は心臓麻痺(まひ)により遂に崩御される。宝算四十八歳、御在位十五年に渉(わた)らせられる」「天皇崩御につき、皇太子裕仁親王は皇室典範第十条の規定により、直ちに皇位を践(ふ)ませられる。践祚につき、午前三時十五分、掌典長九条道実をして賢所に祭典を行わしめられる」「葉山御用邸附属邸内謁見所において、剣璽(けんじ)渡御の儀が行われる」などの記載がある。前後の記述も含め、昭和天皇実録には、葉山御用邸の旧付属邸で大正天皇が闘病の末、崩御した様子や、昭和天皇が皇位に就いた様子が詳細に記録されている。

 剣璽渡御の儀は、三種の神器のうち、天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)と八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)を先帝から受け継ぎ、新たに天皇となる儀式。勾玉は璽とも呼ばれることから、合わせて「剣璽」と称されている。

 昭和62年3月の同公園竣工から来年で30年となることから、町では「30周年を記念して、来春には集客に向けた刊行物の発行を予定しています。記念イベントを実施するかは未定ですが、検討しています」と意気込む。

 30周年を機に、同公園から富士山を眺めながら、改めて歴史に思いをはせてみてはいかが。

 葉山しおさい公園の入園料は、高校生以上が300円、小・中学生は150円。開園時間は午前8時半~午後5時(入園は午後4時半まで)。休園日は月曜日、祝日の翌日、年末年始(12月28日~1月3日)。問い合わせは同公園(電)046・876・1140。

                   ◇

【用語解説】昭和天皇実録

 明治34年の誕生から昭和64年の崩御まで、昭和天皇の87年にわたる生涯を、宮内庁書陵部が時系列にまとめた唯一の公式記録集。平成2年から24年余りをかけて編纂(へんさん)され、26年8月に全61巻、計約1万2千ページが天皇、皇后両陛下に奉呈(献上)された。