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熊本地震半年 南阿蘇中学生徒会長「村を立て直すのは僕らの世代」

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熊本地震半年 南阿蘇中学生徒会長「村を立て直すのは僕らの世代」

 熊本県南阿蘇村は、熊本地震で阿蘇大橋が崩落し、住民の生活圏が分断された。村唯一の南阿蘇中学校で生徒会長を務める河津奏人さん(15)は、自宅の温泉旅館が被災し、復旧途中の7月には豪雨被害にも襲われた。今月8日に阿蘇山の爆発的噴火もあった。不安は尽きないが、愛する地元に元気を取り戻そうと、模索を続けている。(大森貴弘)

                   ◇

 《私たちは、南阿蘇村が大好きです》

 9月17日、体育祭が開かれた南阿蘇中の校庭で、生徒全員が白と黒のパネルを持ち、鮮やかな文字を浮かび上がらせた。発案は河津さんだった。

 地震の被害は大きく、村を出た住民も多い。地震から半年が経過しても、月に数人程度、くしの歯が欠けるように友人が転校していく。

 「頼むから転校しないでくれよ」。友人にこんなメールも送った。一時的に残ってくれる友人もいた。

 それでも教室はだんだんと寂しくなった。「何とか皆の気持ちを一つにしたい。僕らの世代ががんばらなければ、元の村にできない」。こう考えて、体育祭の人文字を企画した。

 この半年は、苦難の連続だった。

 河津さんの自宅は、阿蘇山火口付近で温泉旅館を営む。地震で旅館が傾き、ふもとへの道が断たれた。一家は村内の通信制高校に身を寄せた。

 復旧作業が進められていた7月、豪雨に襲われた。

 掃除を終えた部屋に土砂が流れ込んだ。飾っていた旅館周辺の風景写真などは、全て泥に漬かった。

 「今までやってきたのは何だったんだろう」。無力感に襲われた。

 追い打ちをかけるように阿蘇山が噴火した。旅館の営業再開の見通しは立たない。

 熊本市内には祖母宅があり、避難する選択肢もあった。それでも南阿蘇にとどまりたかった。河津さんは「僕たちが村を立て直す」と意気込む。

 人文字を披露した9月の体育祭。父の進さん(51)が腕を振るい、旅館で出していた料理に負けないような豪華な弁当を作ってくれた。

 おこわやヤマメずし…。地元の食材を使った奏人さんの好物ばかりだ。味わいながら、父の思いに胸が締め付けられた。

 来年、中学を卒業する。経営や料理の勉強をし、旅館を継ぐ決意を固めている。「あんな状況でも無理して弁当を作ってくれた。父の背中を追い、阿蘇を復興させたい」

 河津さんは思いをさらに強くしている。