産経ニュース

【パラ自転車「銀」 藤田選手に聞く】(上) 尽くしてくれた人に報えた

地方 地方

記事詳細

更新

【パラ自転車「銀」 藤田選手に聞く】
(上) 尽くしてくれた人に報えた

 リオデジャネイロ・パラリンピックの自転車競技に出場し、男子ロードタイムトライアル(運動機能障害C3)で銀メダルを獲得した土浦市在住の藤田征樹選手(31)。19歳のときに事故で両足膝下を失ったが、不屈の精神で立ち上がった義足のアスリートだ。国内外の大会で活躍する藤田選手に、自転車競技に対する思いなどを聞いた。

 ◆勝てなかった悔しさ

 --リオパラリンピックを振り返って、感想をお願いします

 「今回のパラリンピックでは『勝つ』という目標を掲げていて、結果、それには届かなかった。今になっても悔しい思いがあります。難しかったというか、簡単ではなかった。優勝した選手が強かったということに尽きます。ただ、メダルを獲得するという最低限の『仕事』をして帰ることができたのは、尽力してくださった人たちに報いることができたのかな、とは思います」

 --勝つとは金メダルを手にすることですか

 「勝つということは優勝することです。みんな金メダルというんですけど、それはイコール優勝するってことなんです」

 --どのようなトレーニングをしているのですか

 「自転車に乗ることをメインに、その中で持久力を向上させたり、レースを意識したりするようなトレーニングをして…。仕事をしながらになるので、基本的には自宅に帰った後や休日に行います。平日は1時間も取れないときもあります」

 --取手競輪場で練習をしたと聞きました

 「そうですね。最近はあまり行っていないんです。今は伊豆ベロドローム(静岡県伊豆市)によく行っています。強化合宿をここで行っています」

 --食事面で気を付けていることはありますか

 「基本的にはバランス良くしています。油ものを控えるくらいですね。家内が、すごく頑張ってくれています」

 ◆5世代目の義足

 --競技用の義足の開発にも関わっているのですか

 「10年くらいかけて義足を作ってきました。その中で、どんどん新しいものができていって…。リオに持っていったのは5世代目になります。自転車に乗ってペダリングをする上で、どのような義足があったら良いだろうかと絵に描き、それを形にします。トライ・アンド・エラーを繰り返して形がだんだん変わっていきました。5世代目は今までの蓄積や理想に対し、さらに深く追求しました」

 --義足を作っている義肢装具士、斉藤拓さんとの出会いについて教えてください

 「訓練用の義足から、耐久性があって普段の生活がしやすい本義足に換えるということになり、義肢装具を扱っている東京の鉄道弘済会に行きました。そこの職員だったのが斉藤さんです」

 --斉藤さんはどんな人ですか。今、どちらに?

 「今は水戸にいます。『こういうのを作ってください』とお願いをするのですが、想像を上回るものを作ってくれますし、仕事も丁寧です。信頼していますし、一緒にやっていてワクワクします。そういう装具士さんです。メンテナンスは斉藤さんにやってもらっています。他の人には任せていないです」 (聞き手 海老原由紀)

                   ◇

【プロフィル】藤田征樹

 ふじた・まさき 昭和60年1月生まれ、北海道稚内市出身。平成21年3月に東海大大学院工学研究科(機械工学専攻)を修了し、同年4月に日立建機(東京都台東区)に入社。現在、土浦工場でホイールローダー(建設機械)の走行駆動部の研究開発を担当している。20年の北京パラリンピックではタイムトライアル、個人追い抜きで銀メダル、個人ロードタイムトライアルで銅メダル。ロンドンでも個人ロードタイムトライアルで銅メダル。